研究課題/領域番号 |
23K01189
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研究機関 | 新潟大学 |
研究代表者 |
石畝 剛士 新潟大学, 人文社会科学系, 准教授 (60400470)
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研究期間 (年度) |
2023-04-01 – 2026-03-31
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キーワード | 介護保険 / 公法上の契約 / 契約構造 / 公的制度内在契約 |
研究実績の概要 |
本研究は、介護保険制度に内在する各当事者関係につき、社会保障法学と民法学の知見を横断的に分析する手法を通じて、その法的構造を理論的に解明することを主目的とする。それと同時に、介護保険制度全体に通底する法理論を構築することを出発点として、医療保険の法理論とも照合させつつ、「公的制度内在的契約」一般に妥当する契約法理を構築するための基礎に繋げることも目的とする。 従来、社会保障法学は主に「制度」の観点から各当事者の法律関係を扱い、他方、民法学は主に「契約」の観点からその法律関係を検討してきた。しかし、そのアプローチに必然的に伴う限界として、前者は制度内在的な「契約」の性質や債権債務関係の内容を必ずしも十分に意識しておらず、他方、後者は「制度」への接合や「制度」からの修正といった問題意識は希薄であった。そこで、本研究は、各当事者間の法律関係につき、債権債務レベルの分析を出発点としつつ、制度としての有機的関連性に着目しながら全体としての統一性を図ることで、同制度の法的構造を洗い出す点に特色がある。 具体的な手順としては、①介護保険における契約関係・債権債務関係の性質と内容の確定を基礎作業として行い、そのうえで、②同制度で予定される法的概念と民法上の概念との共通点・相違点を明確化し、③その有機的一体性に照らした全体的法的構造の把握とそこから導かれる公的制度に内在する(修正的)契約法理の抽出を行うことが予定されている。 本研究により、制度開始後20年を経過した介護保険制度がなお有する理論的脆弱性を補強することができるとともに、運用面においても、例えば介護報酬(債権)の消滅時効や担保化、未収金問題や最終的責任主体など、同制度が抱える実務上の問題についてもその安定性がもたらされることが予想される。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
2023年度の研究計画は、上記②介護保険制度で予定される法的概念と民法上の概念との共通点・相違点の明確化を意識しつつ、主に上記①介護保険における契約関係・債権債務関係の性質と内容の確定を中心に取り組んだ。具体的には、時期を2つに区分して各当事者間の法的関係を分析する作業を行った。 まず、2023年度の前半期では、日本の介護保険制度の全体像を把握する一方、介護保険制度の各当事者のうち、都道府県知事(場合により市町村長)が介護サービス事業者に対して行う「指定」の法的性質を検討し。その結果、介護保険制度と医療保険制度には同じく「指定」プロセスがあるものの、後者は現物給付、前者は現金給付という性格の相違から、その法的性質は全く異なることを明らかにした。具体的には、後者のような「公法上の契約」ではなく、前者の指定はあくまでも確認行為に過ぎないことが判明する一方、確認対象の問題に関してはなお検討の余地が生じた。 次に、2023年度の後半期では、同制度の核心である、介護サービス提供者・保険者間の法律関係について分析した。その結果、介護保険法41条6項・7項の文理が不明確で複数の解釈可能性があること、また、いずれにせよ、この局面でも医療保険とはその法的構造が異なることを明らかにした。かつ、民法上の概念である「代理受領」が介護保険制度では実質的に大きな役割を演じており、その法的究明が大きな課題であることが判明した。 なお、2023年度中に、介護保険制度導入時に参照されたドイツの介護保険の概要を検討する予定であったが、研究代表者の異動により時間的な余裕が減り、主に教科書レベルでの参照しかできていない状況にある。もっとも、この点は、引き続き現時点で入手可能な文献を中心に研究を進めており、また、ドイツ介護保険を紹介・検討する邦語文献も多々あることから、なお挽回可能な遅れであるものと考えている。
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今後の研究の推進方策 |
2024年度も、時期を2つに区分して研究を推進する予定である。 まず、2024年度の前半期において、2023年度に検討した部分である日本法を中心に、その研究成果をまとめて公表することを計画している。研究代表者は上記の研究成果につき、すでに新潟の社会保障法研究会(2024年2月14日)及び東京社会保障法研究会(2024年2月17日)にて報告する機会を頂戴し、そこで数々の有益なご意見を賜った。そこでの議論内容を反映させ、かつ民法上の概念との異同についても検討を重ねたうえで、現時点での到達点として、社会保障法の研究雑誌に「介護保険の契約構造」(仮)という論文を執筆することを予定している。 次に、2024年度の後半期においては、2023年度の積み残し課題であるドイツ介護保険について、各当事者関係に照らした法的分析を中心に行う予定である。もっとも、ドイツ介護保険の分析作業は、その内容量に鑑み1年以上費やす予定であり、この時期においては、まずは保険者と介護サービス提供者との間の法的関係にその焦点を当てて検討を行うつもりである。また、この点に関するドイツ語文献を収集し、かつ、同作業を円滑に遂行するために、2024年夏(本務校との関係でそれが困難な場合には2025年3月頃)に渡独し、研究代表者が以前に在外研究を行ったミュンスター大学にて、資料収集と情報交換を行うことを企図している。 以上の作業が滞りなく進行した場合、2025年度初頭には、日本法につき、本研究課題の次なる目標である介護保険制度に通有する法的構造の一端を明らかにすることができ、他方、ドイツ法についてもその基本的な構造を素描できるものと考えている。これら一連の作業は、2025以降に予定されている次の課題、すなわち日本法とドイツ法の双方における、制度内在的契約に関する一般的契約法理の探究のための準備作業としても位置付けられる。
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次年度使用額が生じた理由 |
当初計画では、2023年度の終わり(2024年2月)頃に、必要文献資料の収集と研究円滑化のための打ち合わせを目的として、研究代表者が以前に在外研究を行っていたドイツ・ミュンスター大学に2週間ほど滞在することを予定していた。しかしながら、研究代表者が2023年3月末をもって退職し、同年4月から別の大学に異動することとなったため、2023年度末はその準備と実行に時間と労力を費やさざるを得なくなった。そのため、渡独計画を一時中止し、翌年度に延期せざるを得ない状況に陥ったことが、その主たる要因である。 なお、2023年度に未執行として計上された金額(529732円)は、渡独のための交通費、現地での滞在費用、文献複写、書籍購入費用として想定していた額に相当するものであり、それ以外の物品費に関しては、ほぼ当初予定通りの執行が完了している。 2024年度においては、研究計画に遅れを生じさせないためにも、可能であれば2024年度夏に(本務校の状況によりそれが許されない場合には2025年3月に)、改めてドイツで研究を行うための計画を立て、それを実施する方向で考えている。
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