2023年度は、1930年代ヨーロッパの出生率低下趨勢・少子化問題に関して、スウェーデンにおけるミュルダール夫妻(Gunnar MyrdalとAlva Myrdal)の共著『人口問題の危機』(初版1934年)の精読・翻訳を中心に取り組んだ。同著は、保守派・革新派の双方が大きな関心を寄せていた出生率低下という少子化問題に対し、女性や子どもや家族を取り巻く社会環境の改善、ならびに北欧的な普遍主義的福祉の政策指針を示したものとして名高い。しかし、スウェーデン語で書かれたものであり、近隣の北欧の諸言語では翻訳されたが、日本語はもちろん、英語翻訳も存在しないことから、内容の詳細が知られてこなかった。そこでスウェーデンの地域研究者とともに翻訳企画を立ち上げ、精読をしている次第である。人口をめぐるマルサス主義・新マルサス主義を中心とする学説批判にとどまらず、当時のスウェーデンの住宅状況や栄養摂取のデータなどを詳細に確認することができた。翻訳はまだ完成していないが、進行中である。 また、スウェーデンの社会政策・福祉政策の形成に関連して、カッセル著『社会政策』の日本語訳刊行に対して書評を書いた。さらに、当時の出生率低下趨勢をめぐる経済学説として、これまでケインズやミュルダールの議論については検討してきたが、新たにシュンペーターの学説についても検討した。シュンペーターは長期的・動態的視野をもち、人口についてもしばしば論じたが、既存研究でその点を扱うものはほとんど見られない。『資本主義・社会主義・民主主義』に明確に現れた「資本主義の衰退」論との関係における彼の人口論について、論文草稿を作成した。
|