研究課題/領域番号 |
23K01414
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研究機関 | 関西大学 |
研究代表者 |
春日 秀文 関西大学, 経済学部, 教授 (40310031)
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研究期間 (年度) |
2023-04-01 – 2027-03-31
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キーワード | 賃金不平等 / スキルプレミアム / 大学進学率 / ジニ係数 / 健康投資 / 介護保険 / 出生率 |
研究実績の概要 |
本研究は、経済格差がなぜ生じるのか、生産性や人口動態とどのように関係しているかを明らかにし、予想される人口動態と経済格差の関係のもとで望ましい医療と社会保障制度を検討するものである。令和5年度は、教育拡大と賃金格差の関係を説明する理論モデルの構築、および家族による介護がマクロ経済に与える効果を説明する理論モデルの構築を行った。 教育拡大と賃金格差の関係については、米国や英国の労働市場において大卒労働者の供給増加にもかかわらず、大卒と非大卒の労働者間賃金格差(スキルプレミアム)が拡大しているという現象が知られている。この一見矛盾する現象についてはスキル偏向的技術変化(SBTC)による説明がある。本研究においては、各国の大卒労働者の供給増加、大卒と非大卒間の賃金格差、ジニ係数で計測した賃金不平等のデータを調べた結果、賃金所得のジニ係数は必ずしも高度な技術進歩が見られる国で増加しているわけではないことを示した。その説明のため、本研究では教育選択のモデルを開発した。モデルからは賃金所得のジニ係数の推移に二つのパターンがあることが示され、パターンの違いが大卒と非大卒労働者の余命格差および能力主義的な報酬構造に依存することが明らかにされた。 介護がマクロ経済に与える効果に関する研究は、現役世代が高齢の親を介護することで生じる経済への影響を評価したものである。そこでは、現役世代は労働を供給して消費や貯蓄を行うだけでなく、高等教育を受けるかどうか、子どもを何人産むかどうかについても選択するとしている。親の介護は労働供給だけでなく、進学及び子育ての時間にも負の影響を与えるため、所得、大学進学率、出生率を通じてマクロ経済に影響することが示された。また、大卒と非大卒労働者の賃金格差および子供の数の格差についても検証し、これらの格差が社会厚生に負の影響を与えることを示した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究の最終目標は、経済格差と人口動態の関係を考慮した医療と社会保障制度の検討である。令和5年度には研究実績の概要に示したように2つの研究を行った。以下はそれぞれの具体的な進捗状況である。 教育拡大と賃金格差の関係の研究では、教育選択のモデルを構築し、大卒労働者の増加と所得不平等の関係について以下の結果が得られた。大卒労働者の増加による賃金不平等の推移は二つのパターンのいずれかとなる。一つは、逆U字型のジニ係数の推移であり、当初はジニ係数が増加、ある程度大卒労働者が増加した後は減少するというパターンである。もう一つは、大卒労働者の増加が一貫してジニ係数を増加させるというパターンである。後者は大卒労働者の増加がスキルプレミアムの低下につながらないケースであり、これまではスキル偏向的技術変化によって説明されてきた。本研究の結果は、スキル偏向的技術変化がなくてもスキルプレミアムとジニ係数の継続的な拡大が生じることを示したものである。本研究のモデルはその主要因として能力主義的な報酬体系の強化を示している。この点はについて既に論文としてまとめ学術誌に投稿しているが、現時点では採択には至っていない。 介護がマクロ経済に与える影響についての研究では、家族による介護の経済的損失を評価する枠組みを定式化した。本研究では、家庭内介護による現役世代の労働投入減少によって、消費の減少、出生率の減少、教育投資の減少、健康投資の減少が生じる。これらを考慮したモデルを用いて、家庭内介護を民間介護サービスの購入、公的介護保険制度と比較している。家庭内介護が社会厚生、所得不平等、人口成長率にどのように影響するかを示し、令和6年度中に論文としてまとめる予定である。
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今後の研究の推進方策 |
教育拡大と賃金格差の関係の研究は、既に論文としてまとめて複数回投稿しているが採択には至っていない。先行研究との差別化が十分に査読者に伝わらなかったことが不採択の一因と考え、スキル偏向的技術変化に関する先行研究との違いを詳細に説明する方向で修正を検討している。また、イントロダクションで示したジニ係数の推移を示した図についてもデータの加工方法を再検討し、貢献をよりアピールできるよう修正して再投稿する予定である。 介護がマクロ経済に与える影響の研究については、現時点で家族による介護の定式化まで完成している。今後は、モデルを用いて経済的損失を数量化し、人口動態や経済格差によって介護の影響がどのように変化するかを示す。また、このモデルを公的介護保険制度の分析に活用するために拡張する。このモデルで介護保険制度を分析することの利点として、人口動態および健康水準を内生変数として扱っていることがある。これらは長期的な予算制約に影響する重要な変数であるにも関わらず、これまでの介護保険のモデル分析では、同時に内生変数として扱われることはほとんどなかった。本研究では、介護保険料が高くなると現役世代の負担が増加し、出生率や健康投資へ負の影響を及ぼすことが考慮されている。出生率低下は人口高齢化の加速を通じて、健康投資低下は介護需要の高まりを通じて現役世代の負担をさらに高める悪循環につながる。これらの効果を考慮したモデルを用いて望ましい社会保障制度の検討を行い、論文としてまとめる。その後は、モデルから得られた理論仮説に関して新たな実証研究を検討する。
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次年度使用額が生じた理由 |
次年度使用額が生じた理由は、論文の投稿に必要な英文校閲費と投稿料が計画よりも少なくなったためである。今年度は2回の投稿を行ったが、再投稿時に原稿の修正箇所が少なかったために英文校閲費が計画よりも少なくなった。投稿先は採択されている論文の傾向等から判断しているが、結果的に今年度の投稿先は投稿料不要の学術雑誌であった。 研究経費は主に論文・図書の購入、データセット作成に必要な資料やデータベースの購入、データ加工に必要なソフトウェアの購入、英文校閲費、論文投稿料および研究打ち合わせ・成果報告のための旅費に用いる。次年度の使用計画は以下の通りである。 1) 資料・文献やデータベースを購入する。必要に応じてデータ加工のための研究補助を利用する。また、統計的手法に関する図書・データの加工・統計処理に用いるソフトウェアの購入費用および年間保守費を計上する。2) 一定の成果を得られた時点で論文としてまとめる。論文は英文学術雑誌に投稿するため英文校閲の費用および投稿料を計上する。また、成果報告および論文の共著者との打ち合わせのための旅費を計上する。
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