研究課題/領域番号 |
23K01752
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研究機関 | 都留文科大学 |
研究代表者 |
佐藤 裕 都留文科大学, 文学部, 教授 (40534988)
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研究期間 (年度) |
2023-04-01 – 2026-03-31
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キーワード | 都市貧困 / スラム / NGO / 住民組織化 / ジェンダー / 生計維持 / 庇護ー随従関係 / ロックダウン |
研究実績の概要 |
報告者は2023年12月にインド、アフマダーバードにて以下の手順で現地調査を実施した。まず、地域住民組織を軸に女性が担い手となる開発支援を展開したNGOであるSEWA女性住宅トラスト(Mahila SEWA Housing Trust、以下MHT)にて聞き取りを行った。次に、大学や研究所にて州政府や市当局による政策文書を収集し、都市計画によるインフォーマル居住区の制度的な排除を示すデータを入手した。最後に、報告者が2002年来、断続的に調査を行ってきた複数のスラム地区を再訪し、住民組織の女性リーダーへの個別インタヴューを実施した。 現地調査で得られた知見は以下のとおりである。(1)ロックダウン中の就労や生業の中断や政府からの食料等の配給によって、外出禁止令解除後に日雇労働者をはじめとした男性が就労を継続せず、女性の生産労働の負担増につながった地区があった。(2)コロナ禍前まで続いた慈善団体=非NGOによる支援により生活水準の向上がみられ、フォーマルな住宅に転出する住民と、近郊農村からの貧困層の新規流入がみられた地区があった。(3)かつてMHTとともに住民組織の運営を担った女性リーダーらが与党と野党それぞれへの政治活動に参加する地区があった。 地区ごとに異なる住民組織化や生計維持のあり方をどう理解するか。本研究ではMHTによる女性住民の組織化が一段落した(2)と(3)の地区の事例を中心に、女性の利害関係やアイデンティティを基盤とした住民組織化の限界を指摘した。とくに外部アクターとしてのNGOが、時限つきで多様な属性をもつ住民から構成されるスラム地区で女性住民間の信頼を醸成するのは困難をともなう。こうした女性が中心となる住民組織化の困難の根底には、経済階層面(とくに零細自営業者)や政治へのアクセス面で優位にたつ地区のリーダー層に生活機会が偏在するスラムの社会秩序がある。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
(2)と回答した理由は、スラム地区での住民組織や女性リーダーへの聞き取りは、一年目の活動として当初想定していなかったからである。とくに、スラムの住民組織のリーダーらへの聞き取りは本研究課題が掲げた問いを修正し、発展させていく一助となった。現在、査読中ではあるものの、上記の調査から得た知見を組み込んだ論文を国際誌に投稿できたことも成果の一つである(現在、査読中)。目下、さらにもう1本の英語論文を執筆中である。 在外研究期間中にあたる2023年度には、スウェーデン、ルンド大学社会科学部ジェンダー学科を拠点に研究活動に従事し、本調査研究の問いを練り直すよき機会を得た。とくに同大学のスウェーデン南アジア研究ネットワークでは、年次シンポジウムでの報告やインド出身の研究者との交流を通じて、地域研究や開発研究の立場からインド都市部に残存する貧困の社会構造や、生計維持をめぐるとローカル・コミュニティでの権力関係についての視座を得ることができた。 望むらくはより長期にわたるインドでの現地調査である。当初計画していたアフマダーバードでの都市政策の立案者やメディア関係者への聞き取りは叶わなかった。とくにロックダウン後の都市ガバナンスやインフォーマル経済のマクロな変動を理解するうえで、こうしたアクターがもつ情報は重要である。また、より滞在日数を増やすことでスラム地区への弾力的な訪問が叶ったであろうし、スラム住民との交流も深めることができたであろう。
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今後の研究の推進方策 |
今後、インドでの現地調査を進めるにあたり、上述のNGOであるMHTの協力を得ながらスラムでの質的調査の企画と実践を進めていく。次回の現地訪問の際には各対象地区にて男女別、生業別の当事者参加型調査を実施する予定である。この手法を用いての調査は2004年と2011年に実施したことがあるが、前回の質的調査から10余年が経ち、経済成長やコロナ禍を経験するなかで、低所得層の女性たちの社会的上昇や生計維持をめぐる世帯戦略、さらには開発への憧憬がどう変化したのかを記録するのがまずもっての課題である。 今後の現地調査から得られる新しいデータと、過去の調査で得られたデータを比較検討しながら、アフマダーバードのスラムにおける女性の住環境やインフォーマルな労働に起因する脆弱性や、NGOとの関係からみた地域住民組織の持続性と住民どうしの連帯や分断を分析することが2024年度の新たな課題である。グローバル・サウスの大都市におけるローカル・コミュニティの変容を貧困とジェンダー、インフォーマルな政治をキーワードとして理解するにあたり、最近の都市社会学、都市人類学、社会地理学の知見を整理する作業も行っていく。 とはいえ、2024年の夏には業務上、不可避の事情により、当初予定していたインドでの現地調査は叶わなくなる。そのため、2024年度には当初予定していた二度にわたる現地調査は一度のみしか実施できない可能性があり、一次データ収集の停滞が予想される。対処策としては、、最近の先行研究の諸成果との対話のもと、報告者がこれまで収集した現地調査の知見を理論的に再整理し、限られたデータをもとにさらなる論文執筆につなげる作業である。その過程で、調査計画の練り直しをふまえた今後の調査研究活動の充実を図っていく。
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次年度使用額が生じた理由 |
当初、2023年度にはインド渡航の期間を25日と設定していたものの、サバティカル先での重要な研究活動が控えていたため、それよりも短い期間の滞在となった。そのため、宿泊や日当にかかる支出額が減った。次年度に持ち越される使用額は、現地調査を継続するうえで必要となる現地の協力者(通訳、翻訳)への謝金を中心に活用する。とくに、おりしもの円安とインドでの持続的なインフレーションを鑑みれば、こうした余剰額は安心して調査を継続するための基盤となることは間違いない。
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