研究課題/領域番号 |
23K02159
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
広瀬 悠三 京都大学, 教育学研究科, 准教授 (50739852)
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研究期間 (年度) |
2023-04-01 – 2028-03-31
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キーワード | 信頼 / 赤ちゃん / 存在論 / 空間 / 対話 / ブーバー |
研究実績の概要 |
当該年度はまず、空間的特質をもつ信頼の特徴についての論文が、国際学術誌に掲載された。そこでは、信頼が個人の個別的な性格や感情、信念にのみ依拠して生まれるのではなく、人間の間の関係性、さらには人間と事物との関係性においてこそ、醸成されることが明らかにされ、それが世界市民的教育の鍵を成す対話の可能性の条件になることが示された。 また赤ちゃんを教育哲学的に分析することを通して、赤ちゃんの根本には他者との信頼という関係が埋め込まれていることを示し、そのことによって、赤ちゃんを始原とする人間存在がHomo Fidens(信頼する人間)であることを定式化して示した。このことによって、人間は社会生活を営む上では信頼し合う必要があるという、社会合理的説明ではなく、そもそも人間存在自体に信頼ということがはじめから含まれているということが明らかにされた。この研究によって、信頼は、われわれが身につけるべき社会的スキルではなく、人間がそもそも生きる上で存在論的に前提的に自らの内に存在するものであるという認識に立ち、そのことによって教育実践やカリキュラムの改革などを行うことが可能になると思われる。その際重要となることは、人間の存在論的な信頼の性質を、できるだけ妨げない方策や働きかけをするということである。 さらにこのような存在論的な信頼を、マルティン・ブーバーの対話的個人の特質として解明することを試みた。ここでは、ブーバーが現代を「信頼の危機の時代」と捉えながら、信頼が対話とどのような位置にあるのか明示していなかったことから、ブーバーが対話と信頼をどのように関係づけていたのかを考察した。その結果、ブーバーは、信頼は対話の前提条件でも、また対話の結果でもなく、対話そのものとして捉えていたことが明らかにされた。このことから、信頼は存在論的に人間の実存を根本的に支えている可能性があることが示唆された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
当該年度は、大きく分ければ、空間的特質をもつ信頼の性質と信頼の存在論的特性の二つを明らかにすることができた。とくに前者は、信頼を個別的な理解から解き放ち、新たな信頼の考察へと向かわせる鍵となり、このような研究をまとめることができた点は、今後の研究の進展に大いに資すると思われる。また、信頼は、世界への信頼などとして捉えられることもあり、包括的かつ抽象的な意味が従来はあまり検討されてこなかったが、本年度はそのような信頼を存在論的な信頼として、つまり、存在と存在を成り立たせる対話それ自体としての信頼として考察することができた。従来の信頼研究では、このような信仰に連なる信頼は、考察の対象から除外されてきたが、本研究ではその最も内奥の一部を解明することができた。
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今後の研究の推進方策 |
今後は、存在論的な信頼を、さらに赤ちゃんやブーバーの対話といったものに限定することなく、検討し、より包括的かつ総体的にそのような存在論的な信頼を解明することが求められる。そのためには、ボルノウの信頼論でまだ明らかにされていない箇所をさらに考察することと、人間中心主義を超えた信頼のあり方をさらに吟味することが求められる。またそのような文脈で、世界市民的教育の鍵概念の一つとして信頼が存在することを解明することが求められる。
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次年度使用額が生じた理由 |
当該年度は、海外での国際学会での発表を、研究論文の執筆に集中するために控えたことで、20万円の差額が生じた。その差額の使用計画としては、国際学会での発表に関わる費用にあてることを予定している。
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