研究課題/領域番号 |
23K03203
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研究機関 | 学習院大学 |
研究代表者 |
樋口 雄介 学習院大学, 理学部, 教授 (20286842)
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研究期間 (年度) |
2023-04-01 – 2028-03-31
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キーワード | 離散大域解析 / グラフ理論 / 酔歩 / 量子ウォーク / 推移作用素 / 共鳴状態 / 状態密度函数 / 脳内辞書ネットワーク |
研究実績の概要 |
従来よりグラフの上の古典的および量子的酔歩に付随する推移作用素を通して両酔歩の挙動を調べてきたが,そこで重要になるものが,作用素の特性であり,舞台となるグラフの構造となっている.よって,離散対象物であるグラフ上で定義された各種作用素の特性,とくにスペクトルや共鳴状態,とグラフ理論で語られるグラフの持つ離散幾何構造の関係性を露にしていく,というものが当該研究課題のテーマである.今年度のテーマは主に2つからなり,ひとつはグラフの幾何構造に特化した,「グラフの中に潜む普遍的な構造」の探求,もうひとつは,古典的酔歩の共鳴状態も包含していると考えられる「量子ウォーク」の散乱問題,つまり散乱対象となる有限グラフに対して外部から波を入射させたときの反射波や定常分布にその幾何的性質がどう反映するかに対する探求で,どちらも一定の結果が挙げられた.より具体的には以下に記載する. 前者については,完全2部グラフにおいてどんな2辺着色をしても,単色の bistar B_{s,t} というグラフ (2つのstarのセンター頂点を隣接させたもの) が存在,というラムゼータイプの問題を秋山氏(学習院大学)と共同で研究を行った.均等な2部グラフ K_{m,m} おいては単色のbistarが存在するmの最小値(2部ラムゼー数)は調べられていたが,そのmのときの「単色のbistarの個数」の評価を厳密に与えた.さらに,非均等な完全2部グラフ K_{m,n} に対する2部ラムゼーペア(m,n)も完全に決定した. 後者については,瀬川氏(横国大)との共同研究で,まずは平面グラフに対して量子ウォークを通して散乱問題を考え,その散乱行列や定常状態を頂点に付随するローテーションなどの言葉で表記することに成功した.散乱行列の情報は埋め込みに対する詳細には不十分とは考えられるが,それでも今後の一歩としては十分と考えている.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
グラフの幾何構造とグラフ上の作用素のスペクトルとの相関を見る際には,両者それぞれの詳細なる情報が必須といえる.離散構造の中でも,乱雑な中にも規則が存在する,というラムゼー問題の新たな方向性を当該年度において得られたことは大きい.古典的なラムゼー問題は,完全グラフを2辺着色したときの単色の部分完全グラフに注目しているが,問題の明快さと比べて解決は非常に困難なことが知られている.その古典的ラムゼー数は,存在は示されおり,値の評価については多種の結果があるものの,厳密な値が決定されているものはほとんどない.一方で当該年度で研究対象としたものは,古典的ラムゼー問題での完全グラフを完全2部グラフに,単色の部分完全グラフを単色のbistarにしたものである.均等な完全2部グラフにおいては,bistarの構造の特性が強く反映するため“ラムゼー数”は容易に得られるが,一般の非均等な完全2部グラフにおける部分グラフの構造を調べると,2つの部集合の大きさのパターンによって複雑さが増大する困難が待ち受けている.その状況を鑑みると,単色の部分bistarを対象にしたとはいえ,非均等な完全2部グラフに関して,“ラムゼーペア”を完全に決定できた,というのは今後の応用を含めて意義のあるものだと考える.一方,作用素のスペクトルの情報に関しては,上述の結果ほどの前進はないものの,平面グラフに対する散乱問題の特徴付けに成功したことは,着実な一歩であると自負する. 全体を総じてみると,総合的な達成目標に著しく近づいた,とはいえないものの,量子酔歩の応答問題とグラフの幾何の解析における新しい知見やラムゼータイプの離散構造における結果などが得られたことからも着実な前進は認められ,よって,おおむね順調に進展している,と判断する.
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今後の研究の推進方策 |
まず令和6年度は,令和5年度の研究を基に古典および量子ウォークの時間発展やスペクトル構造とグラフの幾何的性質との相関関係をより明白にすることを目標とする.具体的には,ある閉曲面に埋め込めるという特性を持つグラフが,古典および量子酔歩の遷移作用素のスペクトル構造もしくは極限分布にどのような影響を持つのか,そして改めて注目すべき部分が何であるか,などを明らかにしていきたい.その上で量子酔歩ならではの独自性に関して深く切り込む道具を作成していくつもりである.そこでは以前の研究テーマであった被覆構造とスペクトルの関係を意識しどこまで有効であるかも見極めたい.つまり総合的な方向である,グラフ上の離散ラプラシアンなどの作用素のスペクトル集合の構成や状態密度函数の挙動さらには共鳴状態の解釈などに,グラフの幾何がどのような影響を与えているのかをより詳細に解析するための前進を図る.また同時に,いままで未解決な双曲的無限グラフのスペクトルの決定やグラフに潜む曲率の炙り出しなどでの進展も図るつもりであり,そこには理論面での予想以上の発展によって令和5年度では後回しになりいささか遅れた感のある計算機実験下準備の遂行を行うことを含んでいる. 総合的には,推進方策の基本は令和5年度と変わらず,まずは目的達成もしくはそれ以上の結果を引き出すために多様な分野の研究者との密なる交流を図る.やはり可能な限り各種の研究集会に参加・講演することで,新たな研究者と知り合う可能性を高め,新たなアイディアの取得や励起の可能性をより高めていくつもりである.さらに必要に応じて,研究者を招聘した小さな研究会や勉強会を開催して,互いに刺激を与えながら次のステップに上っていこうとも考えている.
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次年度使用額が生じた理由 |
<理由> 理論面での議論が活発化し発展が予想以上であったために,当初想定していた理論面での行き詰まり解消や多角的な分析のための計算機実験に手が回らず,計算機関係の物品購入予算が余ってしまったことが主たる原因と考える. <使用計画> 理論構築が研究のメインテーマであることから,研究の全体的な進捗が滞っているわけではない.ただし,新たな見識を得るためには,手持ちの知識だけでは対応できなくなり,具体例を俯瞰することが必要となるステージが必ず来るものである.そのためにもやはり有限グラフ上の古典および量子酔歩の時間発展に関する挙動などの多くの具体例を調べることが重要であると考えている.まるまるの手計算では実質困難な例がほとんどである現状からも,計算機計算でいわば“あたり"をつけてから手計算に戻るという戦略,つまり数値計算による “実験” も並行して行うべく,令和5年度に予定していた手持ちの非力な PC を含めたPCを用いた予備実験(数値解析のソフトウェアの選択を含んだプログラムの作成)を,優れた計算機による本格的実行の下準備として計画している.
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