研究課題/領域番号 |
23K03281
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研究機関 | 名古屋工業大学 |
研究代表者 |
高橋 聡 名古屋工業大学, 工学(系)研究科(研究院), 教授 (80212009)
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研究期間 (年度) |
2023-04-01 – 2026-03-31
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キーワード | 乱択特異値分解 / 重要自由度抽出 / 光吸収スペクトル / 2次元モット絶縁体 |
研究実績の概要 |
量子ダイナミックスにおける重要自由度を、特異値分解により求める手法を開発した。例えば、光励起された系のダイナミックスを計算し、時間変化する光励起状態の波動関数を求める。これにより、光励起状態の波動関数を基底により展開したさいの、時間に依存する展開係数が得られる。この係数行列を特異値分解することにより、光励起によるダイナミックスに寄与するすべてのエネルギー固有状態を求めることができる。係数行列は巨大な行列となるために、乱択特異値分解により、はじめて特異値分解が可能となる。 2次元ハバードモデルの強相関有効モデルを用い、この手法を2次元モット絶縁体における線形光吸収に適用した。10の7乗を超える次元数のハミルトニアンにおいて、1000個の重要エネルギー固有状態によりランチョス法により求めた厳密なスペクトルをほぼ厳密に再現できることがわかった。我々の開発した手法により、光線形励起に寄与する重要自由度を抽出すること成功した。さらに、光吸収スペクトルに寄与するすべてのエネルギー固有状態を計算し、その物理的性質を解析した。 光吸収スペクトルに寄与するエネルギー固有状態は、ふたつのカテゴリーに分類できることがわかった。低エネルギー領域の少数のエネルギー固有状態においては、反強磁性スピン秩序が生き残っており、光励起によって生成されたホロンとダブロンが、スピン自由度に由来する引力によって結合している。それ以外のエネルギー固有状態においては、反強磁性スピン秩序は破壊されており、光励起によって生成されたホロンとダブロンが自由に運動している。前者のホロン・ダブロン結合状態は、後者の自由ホロン・ダブロン状態よりも、基底状態からの遷移双極子モーメントがはるかに大きく、この結果2次限モット絶縁体の特徴的な光吸収スペクトルが説明できることがわかった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
前年度においては、「研究実績」に記した特異値分解により重要自由を抽出する手法を用いて、以下の系で、光吸収スペクトルに寄与する全てのエネルギー固有状態を計算し、スペクトル形状の理解、さらに特異な励起状態を探索する研究を行った。・2次元モット絶縁体の光吸収スペクトルの研究。これに関しては「研究実績」に研究成果を記述した通りであり、この成果に関してはすでに論文として出版している。・1次元モット絶縁体の光吸収スペクトルの研究。スピンと電荷の分離と、電荷揺らぎがスペクトル形状に重要な役割を果たしていることを明らかにした。この成果については、論文にまとめている段階である。・分子性固体α-(ET)2I3では、電子がクーロン反発によりウィグナー結晶のように局在化する電荷秩序絶縁体相が見出されている。このhorizontal電荷秩序絶縁体相の光吸収スペクトルを調べ、以下を明らかにした。低エネルギー領域のエネルギー固有状態は、異なる電荷秩序状態間の量子揺らぎに関連した集団運動による励起によるものであり、中エネルギー領域のエネルギー固有状態は、diagonal電荷秩序絶縁の重みが大きい。高エネルギー領域のエネルギー固有状態は、金属的性質をもつ。・TTF-CAのイオン性相および中性相の光吸収スペクトル。ギャップ内に微小なピークが存在し、これが中性相もしくはイオン性相ドメイン励起によることがわかった。これら線形励起の研究以外に、2次元モット絶縁体において、ギャップ内に強励起時のみに強く励起されるエネルギー固有状態を見出し、これらの状態が2光子吸収によるスピン励起であることなどを明らかにした。 以上の研究計画で示した研究課題は計画通りに進んでいる。
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今後の研究の推進方策 |
「現在までの進捗状況」で記述した、いくつかの強相関系における光吸収スペクトルの研究をさらに進める。 これらの研究を以下の強相関系の光誘起相転移につなげていく。1, 2次元モット絶縁体の光強励起による金属転移。分子性固体α-(ET)2I3の電荷秩序絶縁体相に光を照射すると、電荷秩序が融解し金属へ転移することが観測されている。α-(ET)2I3の金属相を光強励起すると動的局在(振動電場により電子が動きにくくなり局在化する)による電荷秩序絶縁体への転移が起きることも観測されている。電子型強誘電体TTF-CAにおいてTHz強電場パルスによる超高速分極反転の可能性も議論されている。これらについて以下のように研究を進める。 光誘起相転移を起こすパンプ光を照射した場合、パンプ光および光励起後のダイナミックスを観測するためのプローブ光を照射した場合の時間依存シュレディンガー方程式の解を厳密に求める。この二つの場合の係数行列の差を特異値分解することにより、過渡光吸収スペクトル、過渡光吸収スペクトルに寄与するすべてのエネルギー固有状態が得られる。プローブ光の照射時間が有限のため、得られたモードに複数のエネルギー固有状態が混成する可能性がある。これを分離するための数値的手法を取り入れており、また混成する固有状態はエネルギー固有値が近接しているものとなり、スペクトルの解釈には問題が起きないと考えられる。実験で得られた過渡光吸収スペクトルを再現できるパラメーターの探査、必要であればモデルの再考を行う。うまく再現できた場合には、過渡光吸収スペクトルに寄与するすべてのエネルギー固有状態の状態物理的性質を解析することにより、スペクトルの特徴の起源を明らかにする。またこれにより、どのようにして基底状態の秩序が破壊され、どのような協力現象がおきて光誘起相が形成されるのか、光誘起相の特徴はなにか、を考察する。
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