研究課題/領域番号 |
23K03919
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研究機関 | 北海道大学 |
研究代表者 |
福地 厚 北海道大学, 情報科学研究院, 助教 (00748890)
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研究期間 (年度) |
2023-04-01 – 2025-03-31
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キーワード | 強相関電子系 / 量子相転移 / エピタキシャル薄膜 / 金属絶縁体転移 / 非平衡相転移 / ルテニウム酸化物 / 非線形伝導現象 / 人工知能素子 |
研究実績の概要 |
2023年度の前半期には、本研究課題における研究対象物質の一つであるCa2RuO4のエピタキシャル薄膜に対して、その電流誘起量子相転移の室温条件下における安定的な観測を実現させるために、エピタキシャル成長の各種条件を様々に変更した上での、Ca2RuO4の薄膜成長実験と物性評価実験を実施した。研究代表者が2020年に作製を報告したCa2RuO4/LaAlO3 (001)エピタキシャル薄膜においては、その電流誘起量子相転移に起因する非線形伝導現象は、主に100 K以下の低温領域においてのみ顕著に観測されていた事から、本研究課題における研究目標の一つである、非平衡量子相転移現象の人工知能素子原理としての応用可能性の実証を試みる上では、電流誘起転移のより高温条件においての観測安定化は必須となる。この事から2023年度ではCa2RuO4膜の微細デバイス加工実験に先立ち、エピタキシャル薄膜成長に用いる基板結晶を多種類に変更しての薄膜成長実験や、新たに固体化学合成的な手法も取り入れた上での、製成長時におけるRuイオンの供給条件を様々に変化させた条件下における薄膜成長実験を実施した。これらの実験を通じて、Ca2RuO4薄膜における電流誘起非平衡量子相転移は、基板結晶からのエピタキシャル応力や、膜内部の結晶欠陥構造・Ru欠損濃度などのパラメータを基にその観測温度域を広範囲で変調可能であることが明らかとなり、その結果、内部応力・結晶欠陥構造・Ru欠損濃度を最適化して得られた良質Ca2RuO4薄膜においては、従来の100 Kよりも大幅に高い室温(300 K)条件下での、電流誘起量子相転移の安定観測が達成された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
2023年度には、計画していたCa2RuO4エピタキシャル薄膜に対する基板物質を変更しての薄膜成長実験を予定通り完了し、LaAlO3 (001)のほか、NdCaAlO4 (100)などの数種類の単結晶基板を用いてCa2RuO4のエピタキシャル薄膜成長を得ることが可能となった。また作製したCa2RuO4薄膜に対する透過型電子顕微鏡法による結晶構造解析実験の結果を基に、薄膜成長時の陽イオン供給条件を再検討し、薄膜成長法に改良を加えた事で、Ca2RuO4膜内におけるRu欠損濃度の従来試料からの低減化にも成功している。その結果、2023年度には本研究課題の研究対象である非平衡量子相転移現象に関して、その明瞭な観測が可能な温度範囲が、Ca2RuO4薄膜に関しては従来の100 K以下から室温(300 K)以上にまで大幅に向上され、同現象の機構解析と人工素子応用に向けた明確な進展を得ることが出来た。これらの結果から、材料開発実験に関しては、2023年度においては当初の計画以上の進展が得られたと判断している。 基板物質・成長法を変更して作製したCa2RuO4エピタキシャル薄膜に対する、電気計測実験についても2023年度には実施し、その非線形伝導現象の評価は年度内に完了することが出来た。一方で2023年度には上述の薄膜成長実験が計画以上に進展し、得られた新規試料に対する基礎物性評価と実験結果の取りまとめに注力した研究を行った事から、Ca2RuO4薄膜の微細加工実験に関する進展は計画未満となっており、またTa(S,Se)2薄膜に関しては2023年度中には基礎物性評価のみが完了されている。これらの進捗状況を総合的に判断して、本研究課題は2023年度においては「概ね順調に進展している」と自己評価した。
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今後の研究の推進方策 |
2023年度において開発を達成した、電流誘起非平衡相転移現象を室温条件下で観測可能なCa2RuO4の良質エピタキシャル薄膜を用いて、ソフト化学プロセスを中心とした膜の微細加工実験を進めていく予定である。難加工材料であるCa2RuO4の微細加工法に関しては当初の計画通り、SrRuO3薄膜において加工実績の有るBaO犠牲層を用いたリフトオフ加工や、NaIO4水溶液による湿式エッチング、またはレーザーアブレーション加工などの複数の加工法を検討する予定である。Ca2RuO4薄膜に対する低ダメージ条件での微細チャネル加工と電極形成が達成された後には、申請者が自グループ内に保有している電気計測設備を用いて、膜の時間分解条件での電気特性評価と人工知能素子としての機能評価を順次進めていく。この一連のCa2RuO4薄膜の微細加工・計測実験を基に、Ca2RuO4薄膜に関しては、電流誘起量子相転移現象が時間的可変性を持つ人工知能素子原理としての応用可能性を持つ事を、2024年度内にプロトタイプデバイスを用いて実証したいと考えている。またTa(S,Se)薄膜に関しても純良試料の作製と基礎物性評価が2023年度において完了された事から、微細構造膜のSiO2基板上への転写実験と電子線リソグラフィによる電極形成実験を順次開始し、時間分解条件下での電気特性評価と、電流誘起量子相転移に関するCa2RuO4膜との特性比較を進めていく。
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次年度使用額が生じた理由 |
新たに実施したCa2RuO4薄膜に対する透過型電子顕微鏡観察実験などによって得られた知見を基に、2023年度にはCa2RuO4の薄膜成長法に関する再検討・改良を行った結果、当初予定していたRu/Ca組成を変調した製膜ターゲット自作用の100 kN仕様の粉末成形用プレス装置は購入しなかったため。 未使用額は改良後の薄膜成長法において良質Ca2RuO4薄膜の成長に有効となると考えられる、より高密度での焼結体合成が可能な200 kN仕様の粉末成形用プレス装置の購入費用に充当し、購入したプレス装置を用いて、高密度製膜ターゲットの自作と膜成長時の補助材であるCa2RuO4の多結晶粉末の合成を行う予定である。
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