研究課題/領域番号 |
23K04788
|
研究機関 | 岐阜大学 |
研究代表者 |
石黒 亮 岐阜大学, 工学部, 助教 (20293540)
|
研究期間 (年度) |
2023-04-01 – 2026-03-31
|
キーワード | 高圧力native PAGE / ブタ心臓由来乳酸脱水素酵素(LDH) / オリゴマータンパク質の解離 / 高圧力蛍光分光法 / 高圧力円偏光二色性(CD)分光法 / 微生物由来ニトリラーゼ |
研究実績の概要 |
高圧力native PAGE法によって得られた,4量体タンパク質であるブタ心臓由来乳酸脱水素酵素(LDH)の様々な圧力下におけるnative PAGE画像の解析をおこない,LDHの圧力解離過程を調べた。我々が開発したプログラムを用いた解析により,60-80 MPaにおいて4量体→2量体→単量体→凝集体の各過程の平衡定数および反応速度定数がすでに報告されているが,それよりも低圧力(解離の初期)では解離成分の量が少なすぎるため,妥当な解析ができない問題があった。そこでプログラムの改良をおこない,40-80 MPaまで解析可能な圧力範囲を広げることに成功した。 また,高圧力下においてLDHの蛍光分光測定をおこない,上記のような解離過程を追跡できるか検討した。圧力上昇にともなうLDHに含まれるTrp残基の蛍光波長の二段階の変化を観測することができ,それぞれ4量体→2量体,2量体→単量体の解離過程に対応すると考えられるが,単量体→凝集体に対応する変化は観測できなかった。また,蛍光分光法では情報量が少なすぎ,厳密な物理化学的解析が困難と判断した。そこで,代替案として高圧力下における円偏光二色性 (CD) 分光法を用いた解析を試みた。LDHの圧力解離はやはり複雑過ぎ,その解離過程を追跡できなかったが,研究代表者が以前から取り組んでいた,らせん会合体形成タンパク質である微生物由来ニトリラーゼの温度・圧力による解離・会合過程を追跡することに成功し,学術雑誌に発表した(Ishiguro, R., Fujisawa, T., High Pressure Research (2024) in press)。これは高圧力下におけるCD分光法でオリゴマータンパク質の圧力解離を追跡したはじめての報告例である。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
補助事業期間の開始前に,ブタ心臓由来乳酸脱水素酵素(LDH)の高圧力native PAGEのデータ取得はほぼ終了しており,また解析プログラムの試作版が完成していたが,今年度はプログラムの改良に取り組み,約3倍の高速化に成功した。また,解離の初期段階で解離成分が非常に少ない場合にもバンドを正しく認識できるように改良し,より広い圧力範囲での解析が可能になった。 現在,高濃度の添加剤がオリゴマータンパク質の圧力解離に与える影響を観測するため,10 %のグリセリンを含む溶媒中でのLDHの高圧力native PAGEのデータ取得を進めている。当初の研究計画によれば,この実験は令和6年度開始の予定であったが,すでに多くのデータが集積されており,LDHの圧力解離の挙動がグリセリンの添加によって多大な影響を受けていることが明らかになりつつある。 高圧力native PAGEの結果の妥当性を確認するために,高圧力における蛍光分光法や円偏光二色性(CD)分光法によるLDHの圧力解離の追跡を試みた。しかし,解離過程が複数の中間状態を含む複雑なものであったために,厳密な物理化学的解析をすることができず,高圧力native PAGEの有用性を改めて示す結果になった。解離過程が複雑な場合に分光法による解析が困難である可能性は研究計画の時点で想定されていたため,LDHの代わりにらせん会合体形成タンパク質であるRhodococcus rhodochrous J1由来ニトリラーゼ (J1-NTase) を用いて同様の実験をおこない,温度・圧力による解離・会合過程を追跡することに成功した。
|
今後の研究の推進方策 |
高濃度の添加剤がタンパク質の安定性に影響を与えることはよく知られており,オリゴマータンパク質の解離もまた,その影響を受けると予想される。そこで,様々な添加剤の存在下でLDHの高圧力native PAGE法によって,LDHの圧力による解離過程が添加剤によってどのような影響を受けるかを定量的に評価する。上記のようにLDHの圧力解離過程は多段階であるが,高圧力下における蛍光分光法を用いた予備実験によれば,添加剤による影響の程度は各段階毎に異なり,また添加剤の種類によっても異なることが示唆されている。現在,10 %のグリセリンを含む溶媒中での実験データを取得中である。また,他の添加剤としてトリメチルアミンオキシド (TMAO) などを用い,添加剤の種類による影響を検討する。 本研究で開発中の高圧力native PAGE法の妥当性を検証するためには,他の測定法による結果との比較が必須であるが,LDHの圧力解離は複雑過ぎて,蛍光分光法やCD分光法では厳密な解析が困難であった。そこで別のオリゴマータンパク質試料として,酵母由来のエノラーゼを検討している。エノラーゼは2量体タンパク質であるが,蛍光偏光解消法などによって圧力解離はすでに報告されている。また,単量体の分子量が約50 kDaと比較的大きいため,解離後の凝集などの副反応も少ないことが期待できる。令和6年度以降,高圧力下における蛍光分光法およびCD分光法を用い,エノラーゼの圧力解離過程の追跡,および圧力解離過程に対する高濃度添加剤の影響の観測をおこなう。これに成功した場合,あらためて高圧力native PAGE法によるエノラーゼの圧力解離過程の観測に着手する予定である。
|
次年度使用額が生じた理由 |
研究計画の段階では,高圧力蛍光分光法において入射光として偏光を用いることを検討しており,設備備品費より偏光子を新たに購入する予定であった。蛍光分光法はタンパク質に含まれるTrp残基に由来する蛍光を観測する方法であり,オリゴマーの解離によるTrp残基の環境変化を検知できるが,タンパク質の大きさに対する情報を本来含んでいない。一方,入射光に偏光を用いる場合,得られる蛍光の偏光解消の程度を観測することにより,タンパク質の大まかな大きさを見積もることが可能である(蛍光偏光解消法)。 しかし,偏光解消法による大きさの見積もり精度がそれほど高くないこと,高圧力セルと偏光子の併用には装置の大幅な改造が必要であること,蛍光分光法ではLDHのような複雑な解離過程を追跡することが困難と予想されたことから,偏光子を併用した蛍光分光法を新たに開発するよりも,LDH以外の様々なオリゴマータンパク質の検討,予備実験をおこない,新たな試料候補を選定することに経費を用いる方が得策であると判断した。偏光子の購入に充てる予定であった予算は,令和6年度以降,新たな試料の購入や,場合によってはその精製等の実験費用に充てる計画である。
|