研究課題
GABA(A)受容体は、中枢神経系における速い抑制性神経伝達の大部分を行うことが知られている。GABA(A)受容体は、神経伝達制御において必須であり、その機能異常は不安障害や睡眠障害、うつ病、統合失調症など多くの精神疾患に関与することから、様々な神経疾患治療や新規向精神薬開発の標的となっている。しかしながら、その複雑なサブユニット構成から理論的薬剤設計やスクリーニング系の構築は未だ困難な状況にある。従って、実際の脳内における内存性GABA(A)受容体の発現分布や機能、薬剤応答性を詳細かつ系統的に分析可能なアッセイ系の開発は、様々な神経疾患治療や複雑な脳機能の分子レベルでの解明において多大な貢献を果たすことが期待される。本申請課題では、生きたマウス脳や初代培養神経細胞における内在性GABA(A)型イオンチャネル受容体に対する特異的化学標識を基軸とした薬剤アッセイ系を構築することを目的とした。具体的には、当研究室で独自に開発したリガンド指向性アシルイミダゾール(LDAI)化学法を用い、生きたマウス脳内や急性脳スライス上に存在する内在性GABA(A)受容体のリガンド結合部位近傍に蛍光色素や機能性原子団を位置特異的に導入する。これにより、リガンド認識特性や受容体機能を維持したまま内在性GABA(A)受容体の蛍光バイオセンサー化を図る。これまでに、用いるリガンドの種類や蛍光色素の構造、分子全体の疎水性や電荷の数などを検討することで、実際に、生きたマウス脳内に存在するGABA(A)受容体に加え、AMPA型グルタミン酸受容体やNMDA型グルタミン酸受容体、代謝型グルタミン酸受容体など様々な神経伝達物質受容体を選択的に化学修飾する手法の開発に成功した(H. Nonaka et al., Proc.Natl. Acad. Soc. USA., 121, e313887121 (2024))。
2: おおむね順調に進展している
GABA(A)受容体を含むいくつかの神経伝達物質受容体を特異的に認識し、蛍光色素や機能性官能基をタンパク質上の位置特異的に導入可能なリダンド指向性アシルイミダゾール試薬 (LDAI 試薬) の設計と合成を進めた。LDAI 試薬は、受容体認識を行うリガンド部位、反応性ユニットであるアシルイミダゾール基ならびに蛍光色素から構成される。各構成ユニットを連結するリンカーの長さや構造、分子全体での電荷や親水性等を系統的に変化させた複数のラベル化剤を設計し合成した。培養細胞上に発現した神経伝達物質受容体や初代培養神経細胞上の内在性受容体を用いて、合成した分子のラベル化速度、効率、選択制などの性能を共焦点レーザー顕微鏡を用いたイメージングやウェスタンブロッティングなどの生化学実験によって評価し、ラベル化試薬の構造最適化を計った。さらに、ラベル化試薬のマウス脳内への投与部位や手法を検討することによって、生きたマウス脳内で、GABA(A) 受容体を含むいくつかの内在性神経伝達物質受容体のケミカルラベリングを達成することができた。以上の理由から、本申請課題は、概ね順調に進行しているものと判断できる。
生きたマウス脳内で、標的とする神経伝達物質受容体のみを選択的に化学修飾可能な LDAI 法の開発に成功したが、現時点ではいくつかの課題を含んでいる。LDAI 手法では、アシル転移過程を律速とするため受容体のラベル化に数時間を要する。また、アシルイミダゾール基の分子内反応を防ぐために求核性反応基を含むプローブは基本的に用いることができない。これらのいくつかの課題を解決するために、LDAI 化学と既知のクリック反応の中で最速と考えられる逆電子要請型 Diels-Alder (IEDDA) 反応の組み合わせを検討する。具体的には、クリックハンドルとしての trans-cyclooctene (TCO) 基を LDAI 化学を用いて標的受容体上にアンカリングする。次いで、プローブを付加した methyltetrazine (MeTz) 基をマウス脳内に投与することで、迅速かつ選択的な受容体化学修飾が可能となる。今後は、リンカーの構造や分子全体の電荷、疎水性などを検討することで、TCO アンカリング剤や MeTz 試薬の構造最適化を行い、生きたマウス脳内で LDAI 化学とClick 反応を効率的に進行させるために必要な要素を見出す。さらに、In-brain LDAI/Click 反応を用いることで、脳内に存在する細胞外酵素や金属イオンに特異的に応答するプローブを GABA(A)受容体をはじめとする標的神経伝達物質受容体上に導入する。これにより、生きたマウス脳内に存在する各神経伝達物質受容体近傍における神経活動や刺激に応じた酵素活性や微小環境変化をシナプスレベルの高い空間分解能をもってイメージング可能なバイオセンサーの構築ができるものと期待される。
今年度は、ラベル化剤の合成と主に培養細胞上での性能評価と構造最適化を中心に行ったため予算使用計画にずれが生じた。今後は生きたマウス脳を対象とするため、より高価な蛍光色素や生化学試薬が必要となるが、計画的に研究を遂行する。
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Proceeding of National Academy of Science of USA
巻: 121 ページ: 2313887121
10.1073/pnas.2313887121
https://www.t.kyoto-u.ac.jp/ja/research/topics/20240205
https://www.jst.go.jp/pr/announce/20240201-2/index.html