研究課題
リンゴにおいてプロトプラストからの再分化系を確立することはゲノム編集の育種への実用化のみならず、様々な遺伝子やタンパク質等の機能解析のためにも有用である。ゲノム編集においてはキメラ解除の必要が無い等の利点があるが、リンゴでプロトプラストからの個体再生に成功した事例は数例で、そのいくつかは親品種と遺伝子型の異なる実生を用いた実験系である。本実験では、ゲノム編集の実用化を目指して親品種と同じ遺伝子型の組織に由来するプロトプラストを用いるが、再分化能が高いとされる発芽実生のプロトプラストも実験系の確立のために用いる。親品種と遺伝子型が同じで再分化能が高い組織としては成長点と胚心細胞が挙げられる。これまでの研究結果から、通常の培養条件(室温25℃、16時間日長)で増殖した個体の成長点を用いてもカルスからのシュート形成は困難であることが判明している。そこで、シュート増殖の際に暗黒処理を行うことでカルスからのシュート誘導に成功したが、シュート誘導に最適な暗黒処理期間の検討は不十分なままである。一方、珠心細胞からのシュート誘導では受粉後30~50日後の果実から胚珠を取り出すことが有効で、低温処理も効果的であることが判明しており、カルスからのシュート再生にも成功しているが、シュート再分化率が低いままである。これらのシュート再分化能を有するカルスからプロトプラストを単離し、カルスを増殖し、シュートを再分化させるためには酵素処理による細胞壁の除去条件の検討やアルギン酸等による細胞の保護方法、カルスの選抜基準等、解決すべき課題は多い。また、プロトプラスト以外の形質転換やパーティクルガンによるゲノム編集においては、キメラ解除が重要な課題となっており、本研究ではモデルケースとして形質転換によって作出したゲノム編集個体のキメラ解除方法についても検討する。
2: おおむね順調に進展している
今年度は、①培養で維持しているリンゴ品種‘ふじ’を用いてシュート増殖の際に暗黒処理期間の検討、②再分化能が高いとされるリンゴ属植物Malus prunifolia‘マルバカイドウ’のin vitroでの増殖、③実生からのプロトプラスト作出に用いる交雑種子の獲得を行った。その他、④Agrobacterium法による遺伝子組換え経由のゲノム編集個体を用いたキメラ解除方法の検討を行った。①培養で維持している‘ふじ’(培養時期が異なる2系統)を暗黒条件下で3~5カ月間、増殖培地(1001培地)で増殖し、成長点を切り出し、Caboniら(2000)のカルス誘導培地で20日間暗黒で培養後、Saito and Suzuki(1999)のシュート誘導培地で1カ月ごとに継代しシュート再分化率を3カ月間調査した。その結果、3カ月目のシュート再分化率に有意な差は認められなかったが増殖培地での暗黒処理期間が3カ月の場合のシュート再分化率が最も高い結果となった。再分化率は約40%だった。今後、カルス誘導培地の暗黒処理期間の検討も必要であるが、プロトプラスト化する場合の再分化能の高いカルスは増殖培地で暗黒処理を3週間行うことが適当と推察された。②‘マルバカイドウ’の休眠枝を水挿しで発芽させ、in vitro条件化で増殖した。今後、増殖培地での暗黒処理を経て成長点を切り出し、カルス誘導後にプロトプラスト実験に供試する。③交雑により同一組み合わせの種子を多数獲得した。発芽後プロトプラスト実験に供試する。④Agrobacterium法による遺伝子組換え経由のゲノム編集個体を用いてキメラ解除方法の検討を行った。CRISPUR/Cas9の構造が組み込まれた形質転換個体は葉切片を再分化させることで高効率でキメラ解除が可能となり、新たな変異も誘発されることが確認された。
今年度①および②については、‘ふじ’および‘マルバカイドウ’の成長点に由来するカルスからプロトプラストを単離するための条件を設定し、シュート再分化実験を行う。③では、芽生え直後の実生からのプロトプラストを単離し、シュート再分化実験を行う。いずれの実験においてもプロトプラストからの安定的なシュート誘導には困難が予想されるため、プロトプラスト単離後のアルギン酸包埋方法、カルス誘導培地、シュート誘導手順等の実験のステップごとに確実な条件設定を試みる必要がある。また、プロトプラスト以外の方法で効率的にゲノム編集を行うための方策を④その他の実験として用意している。具体的には、パーティクルガンを用いてRNPを導入し一過的発現によってゲノム編集を実現する方法を改良して、効率よくゲノム編集個体を獲得するための培養条件の設定およびキメラ解除方法の確立を試みる。
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Scientia Horticulturae
巻: 316 ページ: 112011
10.1016/j.scienta.2023.112011