研究課題/領域番号 |
23K05304
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
辻 祥子 京都大学, 農学研究科, 研究員 (90791963)
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研究期間 (年度) |
2023-04-01 – 2027-03-31
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キーワード | 光阻害 / 光合成 / 光化学系II / 強光ストレス / 自然変動光 / 木本植物 / D1タンパク / Vcmax |
研究実績の概要 |
植物の光合成には光が不可欠だが、過剰な光は、光化学系Ⅱ(PSⅡ)での光損傷の後の迅速な修復機能が維持されなくなり、損傷が修復を上回る「光阻害」として植物に顕著な悪影響を及ぼす。 本研究では、申請者が独自に開発した樹木の光阻害評価系を用い、自然変動光下での樹木の光阻害の実態を明らかにする。さらに、光合成機能や葉の形態・窒素量・遺伝子発現との関係から、 PSIIの損傷と修復の種間差を生む分子背景を明らかにする。 本研究では、今年度新たに、野外の自然変動光下で生育する葉を採取し光阻害実験を行った。さらに、CO2同化量や葉の形態・窒素量の解析から、PSⅡの損傷と修復の種間差と光合成能力の関係を評価した。樹種は、乾燥耐性・耐陰性など生育環境の違う常緑広葉樹12種,落葉広葉樹6種の18樹種に加えて針葉樹やポプラなどの遺伝子解析に用いやすい種類も加えた。温室内の自然変動光下で生育する苗木から葉を採取し、光阻害実験と蛍光測定(Dual-PAM100)に加えて、ガス交換測定(LI-6400XT)によりCO2固定能力やRubisco活性の種間差を測定した。光阻害のPSⅡ修復速度と葉の窒素含有量と間には有意な正の相関、PSⅡ修復速度とLMA(乾重当たりの葉面積)の間には有意な負の相関を示した。この相関の結果について、熱放散(HPLC色素定量)や光合成測定結果等とあわせて解析を行なった。 また、樹木の葉における修復に関わるD1タンパクの定量把握などの分子生物学的な手法による実験についても着手した。 今後はこの実験系を活用し、光阻害特性を多樹種間で比較することにより、光阻害の樹種間差を生み出す分子メカニズムを光化学系の電子伝達制御の面から明らかにできることを目指している。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究の実験は、PSⅡ修復に不可欠な葉緑体のタンパク質新規合成阻害剤の存在下および非存在下で、葉に強光を照射し、クロロフィル蛍光を測定することで行なった。照明時間に伴うPSⅡ活性の変化は,光不活性化の損傷速度定数(kpi)と修復の速度定数(krec)を算出して比較した。その結果、18種の木本植物は、強光下でのPSII損傷と修復の特徴の樹種群のパターンを明らかにした。これらの結果を、「グライムの三角形」のストレス耐性と撹乱依存戦略型、そして、その中間タイプに、強光下でのPSIIの損傷と修復のバランスをあてはめて考察した。 昨年度まで対象としていた木本植物18種に加えて、今年度は、対象樹種を針葉樹なども加えた29樹種に広げて、さらに常緑樹と落葉樹の比較を行うことができた。また夏のデータをはじめとする2ヶ月おきの季節性データの解析を行なった。加えて、季節性データ測定時に保存していた凍結サンプルの分析に着手することができた。様々な季節性における光過剰な環境下で起こる光阻害の評価実験を進めることができた。木本植物においても、KpiとKrecの間の光生育環境に応じた光阻害と修復のバランスを保つ種の他に光阻害を全く受けない種と、逆に光阻害を受けやすく修復能力も低い種などの特性を明らかにできた。 今年度のこれらの成果を、中国雲南省で現地開催された第8回 国際林冠学会2023(the 8th International Canopy Conference)での英語口頭発表にて、英語での口頭発表を行った。また、国内における学会においても植物生理学会での光合成セッションでの口頭発表をはじめ、生態学会では英語口頭発表、森林学会では日本語での口頭発表により広く成果報告を通して議論を深めることができた。
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今後の研究の推進方策 |
本研究の結果を、樹種の生育地や葉の形態的特徴などの主要なLES形質と光阻害の関係について、光阻害の起こりやすさと、光合成機能や葉の形態や窒素含有量・葉寿命などとの相関関係を解析し生態学的観点からも考察し、国際誌への論文投稿を急ぐ。またこれらの結果をもとに今後は、特定の有意な相関パターンについて、更なる生理機構の解明や光合成モデルの改良への知見として明らかにする。 さらに、来年度はこれらの光損傷速度定数と蛍光パラメーターの解析を完了し、これらの値と生育環境との相互関係を明らかにする。この内容に関しても論文投稿作業を遂行する。来年度は特に、この特性をより生化学レベルの光合成機構を明らかにする。また、昨年度の成果から申請者らが新たに立てている仮説の検証を分子機構の解明を通して行う。 光阻害の主な標的はPSⅡであり、葉の光損傷の速度定数(Kpi)と修復の速度定数(Krec)は生育する光環境によって異なることが、草本植物を用いた研究で既に指摘されている。来年度は、日中の変動光や、季節変動に伴う光合成調節を理解するために、多年生植物や樹木を対象とした実験を行う。これは、森林のような変動光環境下の光合成特性について、光阻害の影響を含め、形態や生理など機能性質で定量的に把握することは炭素蓄積速度の予測においても重要な課題である。 光阻害実験結果での光合成反応の樹種間差と、葉の形態LMA (乾重あたりの葉面積)や窒素含有量との関係を明らかにする。これに加えて、光合成特性と遺伝子解析についても取り組む予定である。光阻害について特徴的な数種の樹種に関して、RNA-Seqを行い光阻害応答に関連する光合成遺伝子の発現パターンを明らかにする。光合成特性の樹種間差を各種光合成パラメーターの測定により抽出し、生化学実験によりその種間差を生む分子的背景を明らかにする。
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次年度使用額が生じた理由 |
今年度は主にタンパク新規合成阻害剤を用いた光阻害実験を2ヶ月おきに実施し、季節性の違いを捉えたデータの解析を行なった。また、樹種も針葉樹まで拡大し、再現性実験や、繰り返し個体数データの確保も行えて大幅に測定を進めることができた。今年度は主に解析や昨年度までの測定で凍結保存していたサンプルの解析作業を行なった。 そのため、新しい実験材料の導入や、消耗品の購入が予定していた購入品よりも少なく実験作業を行えた。 来年度は、新たな仮説の検証などを行うため、追加実験に時間がと新しい物品購入が必要な状況である。昨年度より続けていた、木本植物における光阻害実験のプロトコル確立を経て、木本植物における光阻害実験を世界に先駆けて行える状況であるため、このまま研究を継続し、分子メカニズムの解明まで行いたい。使用額に関しては、主に実験用の苗木の購入と、試薬購入、また得られたデータの解析用のソフト購入に助成金を使用した。光阻害実験に関連する実験については、さらに実験用の照射光セットの作成を増やして、来年度に多樹種における再現性実験や分子生物学の実験試薬などの追加実験を行えるようにしたく延長申請に至った。また、分子生物学実験の手法を本格的に取り入れ、樹木におけるD1タンパクの新規合成などを多樹種で定量的に行うことに挑戦する予定である。木本植物の光阻害実験に関する論文投稿を2報行えるように現在準備を進めている。
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