研究課題
多くの脊椎動物において、卵細胞が卵膜構成タンパク質(ZPタンパク質)を合成・分泌して卵細胞の周囲に卵膜を形成する。しかし、真骨魚類の進化過程で、ZP遺伝子の重複により肝臓で発現するZP遺伝子(Choriogenin, chg)が誕生した。正真骨魚類のメダカでは卵膜の95%は、肝臓発現chgタンパク質で構成され、残る5%が卵巣発現ZPタンパク質である。微量にしか含まれないにもかかわらず、卵巣発現ZPタンパク質遺伝子は、正真骨魚類では保存されている。Chg遺伝子のノックアウト実験が行われた。その結果、卵膜発現ZPタンパク質は、卵膜形成初期に薄い卵膜を形成して、肝臓発現ZPタンパク質chgの沈着の足場となることが示唆されている(Yokokawa et al., 2023 JBC)。申請者はすでに、卵巣発現ZP遺伝子(ZPBと ZPAX)のCRISPR/Cas9法によるノックアウトF0個体を作製している。その結果、ZPBノックアウト個体からは、薄く脆弱な卵膜をもつ卵が得られた一方、ZPAXノックアウト個体からは、極端に厚い卵膜をもつ卵が得られた。これらの結果は、卵巣発現のZP遺伝子が、卵形成に重要な働きをすることが示唆される。申請課題の目的は、2つのZP遺伝子のノックアウト個体のF2ホモ個体を作製して、卵膜の構造異常やその構築過程を免疫組織的に観察することより、2つのZP遺伝子の卵膜形成における役割を明らかにすることである。これにより、肝臓発現ZP遺伝子が、卵巣発現ZP遺伝子とどのように調和して卵膜を形成するのかを明らかにできる。これは遺伝子重複が生じた後に、本来の機能を維持している遺伝子が、付加的な機能を新たに獲得した遺伝子と協調して新規構造物を形成するという、進化学的に興味深い独創的な研究となる。
2: おおむね順調に進展している
ZPノックアウトF0個体より、ホモノックアウト個体を作製し、ホモメス個体の産卵した卵の卵膜を解析した。耐荷重実験により卵の強度を調べると、野生型(240g)に比べ、ZPBKO卵は20gで潰れてしまうことから大変脆弱な卵であることがわかった。組織観察を行うと、野生型卵膜は、層状構造が観察されるのに対し、ZPBKO卵膜は、その構造が明確でない。このことは、ZPB遺伝子の破壊により卵膜全体構造に影響を及ぼしていることがわかる。ZPAX遺伝子ノックアウト個体は、F1個体を成魚まで育てることができなかったため、新たにF0個体を作製した。また、スウェーデン・カロリンスカ研究所のLuca Jovine教授との共同研究で行っていた、ZPタンパク質複合体の3次元構造解析が明らかとなった。ZPタンパク質複合体は、メダカ孵化酵素卵膜分解物を結晶化することで解明された。結果は、Cell誌に掲載された(Nishio et al., 2024 Cell)。
卵膜の微量な構成成分であるZPBタンパク遺伝子の破壊がなぜ、卵膜全体の脆弱化につながるかを調べる。野生型を用い卵膜形成を卵巣合成ZPC抗体を用い免疫組織科学染色を行うと、卵形成初期の卵では卵膜全体が染色されるが、卵膜が厚くなった卵形成後期では卵膜の最外層が染色される。このことは、卵形成の初期過程では、主に卵巣由来ZPで卵膜が形成され、chgタンパク質は、卵膜の内側から沈着することが示唆されている。予備的な実験であるが、ZPBKOの卵膜では、逆になり初期形成の卵膜の外側にchg、最内層に卵巣由来ZPの層が見られる。この結果は、ZPBKOの卵膜形成過程でのchgの卵への取り込みが野生型とは異なっていることを示している。卵巣発現ZP遺伝子が、単にchgの卵膜沈着の足場として働いているだけではなく、卵膜の構築機構に重要な働きをしていることが示される。卵巣の電子顕微鏡観察を行い、卵膜形成の過程を詳細に観察する。あわせて、ZPAX遺伝子KO個体のF1個体を作製して、F1ホモ個体の卵を解析する。また、本申請課題とは異なるが、ZPタンパク質複合体の解明に続き、孵化酵素と基質(ZPタンパク質)複合体の解析へと共同研究が進んでいる。
備品として申請していた、サーマルサイクラーは、上智大学の他研究室と共同購入したため、科研費以外の他の予算より計上した。今年度の繰り越し分は、本研究課題に含まれるZPBKOメダカの解析とZPAXKOメダカの解析の研究費として利用される。
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すべて 国際共同研究 (1件) 雑誌論文 (2件) (うち国際共著 1件、 査読あり 2件、 オープンアクセス 2件) 学会発表 (4件)
Cell
巻: 187 ページ: 1440-1459
10.1016/j.cell.2024.02.013
J. Biol. Chem.
巻: 9 ページ: 1046
10.1016/j.jbc.2023.104600