研究課題
ペプチドは有望な創薬モダリティでありますが,その膜透過性が臨床応用を制限しています。ペプチドの受動的膜透過性の向上は,ペプチドの潜在的ターゲット拡大につながります。特に、ペプチドに普遍的に存在するアミド(-CONH-)結合の高い親水性は,受動的膜透過性を低下させる主な要因となります。アミドのN-メチル化は不可逆的に受動的膜透過性を向上させる誘導化法として知られています。アミドを一時的に疎水性保護基で修飾し、膜透過後に外部刺激により保護基を除去して元のペプチドに戻すことができれば、細胞内でペプチド本来の機能を果たすことが可能となります。われわれは、光照射により脱保護可能な保護基であり、操作性や細胞への適用性が高いオルト-ニトロベンジル(oNB)基をアミド窒素上に導入したケージドペプチドを各種合成し、ペプチドの主鎖アミド結合のoNB置換がペプチドの膜透過性に及ぼす影響について、ペプチド長やoNBの置換位置、置換数の影響を系統的に評価しました。モデルペプチドについて、N-oNB保護ペプチドとNH(無保護)ペプチド、およびN-メチル化ペプチドを合成しました。人工膜を用いた試験法により受動的膜透過性を評価しました。N-oNBペプチドはペプチドの長さによらず透過性が著しく向上することが分かりました。NH体で膜透過性を全く示さない5残基ペプチドについても、oNB基を複数導入すると膜透過性は大きく増加しました。N-メチル化体に比べて対応するN-oNB化体は膜透過性の上昇率が高い傾向が見られました。N-oNB保護ペプチドは、長さ、oNBの数、溶媒によらず効率的に脱保護されることが分かりました。この技術を細胞に用いれば、保護ペプチドが膜を通過した後、光による脱保護により元のペプチドが生成して膜非透過性になり、細胞内に滞留することが期待されます。
2: おおむね順調に進展している
(a) (i) o-NB基を導入した、種々の鎖状のケージドペプチドを合成し、人工膜透過性試験(PAMPA)を用いて保護ペプチドと脱保護ペプチドの膜透過性を比較しました。その結果、上記のように、N-oNBペプチドは、無保護ペプチドに比べて、透過性が著しく向上することが分かりました。これらの結果について、論文に発表しました。今後は、生細胞に適用し、蛍光法により細胞内に実際に入ったペプチド量を測定する研究に着手したいと考えています。(ii) アミドの保護基として、細胞内酵素で脱保護されるカーバメート型保護基を持つ鎖状ペプチドを各種合成し、膜透過性を調べました。保護ペプチドは無保護ペプチドと比較して、膜透過性が向上することが分かりました。in vitroでの酵素反応により、この保護基が効率的に脱保護されることを明らかにしました。(b) われわれは、o-NB基を持つベンズアニリド(BA)アミノ酸を導入した環状ペプチドが、光照射によりo-NB基が脱保護されるとシス体からトランス体への完全変換を起こすことを見出しました。保護基を持つBA環状ペプチドと脱保護ペプチドの人工膜透過性を比較したところ、保護基を持つBA環状ペプチドは、対応する脱保護ペプチドより顕著に膜透過性が高くなりました。また、同じαーアミノ酸配列をもち、L体とD体の比が異なる環状ペプチドの膜透過性を比較すると、膜透過性が異なることがわかりました。この理由を調査するため、共同研究者によりNMR溶液構造を求めていただきました。その結果、膜透過性には分子内水素結合とペプチド全体の立体構造のコンパクトさが重要であることが示唆されました。今後は、本結果を投稿論文に発表する予定です。
(a) o-NB保護ペプチドが生細胞膜を通過し、光照射すると元のペプチドに戻り、細胞内に滞留することかどうかを調べます。蛍光法により細胞内に実際に入ったペプチド量を測定する予定です。また、本手法を細胞に応用する際に問題となっている点を克服する予定です。すなわち、(i) o-NB保護ペプチドの簡便な合成法の開発と、(ii) 照射光の長波長化です。(i) については、o-NB保護アミノ酸のN-末端側にアミノ酸を伸長する反応が困難でありました。(ii) については、o-NB保護ペプチドの脱保護には、紫外光を用いる必要がありました。そこで、アミノ酸とのカップリング反応が容易で、より長波長で脱保護される光反応性保護基を開発します。また、固相合成を用いて種々の環状の保護ペプチドを合成し、細胞膜透過性を調べます。(b) o-NB基を持つベンズアニリド(BA)アミノ酸を、β―ストランドを安定化する環状ペプチドの創製に応用する予定です。
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