アルツハイマー病では認知機能障害よりも早期に嗅覚障害が現れることから、嗅覚検査がアルツハイマー病の強力な早期診断手段として注目されている。一方、嗅覚障害の特性や病態の全貌は未だ不明であり、認知機能障害との因果関係も明らかではない。さらに、治療法も確立されていない。研究代表者は、本課題の前段階としてアルツハイマー病に類似の病理像と認知機能障害を示す老化促進モデルSAMP8マウスが、特徴的な嗅覚反応低下を示すことを初めて観察した。しかし、アルツハイマー病モデルマウスにおいて、SAMP8マウスのような嗅覚反応低下を示すかは不明である。そこで、家族性アルツハイマー病遺伝子変異を有するマウスでの嗅覚反応を評価した。5つの家族性アルツハイマー病遺伝子変異を有する5xFADマウスは、マウスが本能的に嫌悪するにおいに対して回避反応の低下は認められず、SAMP8マウスのような嗅覚反応低下行動を示さなかった。しかし、嫌悪するにおいに曝露された際に、野生型マウスと比較して装置内での不動時間の延長が認められた。この不動時間の延長は、3-4ヶ月齢では認められず、6-7ヶ月齢で認められたことから、アルツハイマー病の病態進行によるものであると示唆された。また、この不動時間延長は、嫌悪臭に対する恐怖反応もしくは警戒反応の増加であると考えられた。以上のことから、5xFADマウスでは嫌悪を示す嗅覚情報に対して易刺激性であることが示唆された。一方、報酬で条件づけしたにおいと無報酬で条件づけしたにおいを用いた嗅覚識別試験では、野生型マウスは報酬で条件づけしたにおいに接触する時間が、無報酬で条件づけしたにおいに接触する時間よりも有意に延長したが、5xFADマウスは両においへの接触する時間に差は認められなかった。このことから、5xFADマウスは嗅覚識別能力または嗅覚に依存する記憶に障害があることが示唆された。
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