研究課題
脊髄性筋萎縮症(spinal muscular atrophy;SMA)の大多数は、SMN1遺伝子の変異によって引き起こされる下位運動ニューロン疾患である。SMA患者の95%はSMN1遺伝子欠失のホモ接合体である。SMAはこれまで治療法のない疾患と考えられていたが、近年SMN1遺伝子に関連したSMAに関しては、新規薬剤が続々と開発され、積極的に治療が行われるようになった。現在、SMN1遺伝子に関連したSMAの早期診断・早期治療を目的として、乾燥濾紙血液検体を用いてSMN1遺伝子欠失の有無を調べる新生児スクリーニング検査が実施されるようになった。しかし、新生児期にスクリーニング検査を受検できなかった幼児・小児・成人のなかには、診断・治療が遅れてしまう患者や、誤診によって適切な医療にアクセスできない潜在患者が混じっている。私たちは、現行の新生児スクリーニング検査の問題点を明らかにし、この検査を補完するためのシステムの確立が必要であると考えた。今年度は、以下の二つの研究を実施した。(1)SMN2遺伝子(SMN1遺伝子のパラログ)の欠失スクリーニング検査をおこない、日本人集団ではおよそ5パーセントの欠失頻度であることを確認した。この研究の過程で、血液中のヘパリン濃度、末梢血の白血球数、PCR機械の温度条件等が、乾燥濾紙血を用いたDNA解析の成否にかかわることが明らかになり、現行の遺伝子新生児スクリーニング検査の問題点を明らかにした。(2)唾液検体を用いてDNA解析をおこない、乳幼児・学童健診に導入可能な技術を簡便な遺伝子検査法を確立した。
2: おおむね順調に進展している
(1)SMN2遺伝子スクリーニング:SMN2遺伝子は、SMN1遺伝子のパラログである。SMN2遺伝子欠失の病態解明の前向きコホート研究を可能にするために、SMN2遺伝子欠失スクリーニング方法を確立した。今回、300検体乾燥濾紙血)について、PCR-RFLP法とReal-time PCR法によってSMN2遺伝子欠失検体を同定した。Real-time PCRの結果はアニーリング温度56℃で感度25.00%、特異度98.20%(偽陽性5検体、偽陰性12検体)でありSMN2欠失の検出が困難であった。そのため58,60,62℃のアニーリング条件で比較検討を行った。その結果62℃のアニーリング温度で、感度93.80%、特異度98.90%(偽陽性3検体、偽陰性1検体)となり、SMN2欠失の検出感度が大幅に向上した。最終的にPCR-RFLPの結果は300検体の内16検体(5.33%)がSMN2遺伝子欠失であった。これらの結果は、アレル特異的プライマーを使用しても低いアニーリング温度ではその特異性が失われることを示唆している。今回の研究によりSMN2遺伝子欠失のReal-time PCRスクリーニング方法が確立できた。本研究で得た知見は、SMN1遺伝子欠失を検出する現在のSMA-新生児マススクリーニングの落とし穴の理解にも役立つと考える。(2)唾液検体を用いてDNA解析:新生児期にスクリーニング検査を受検できなかった幼児・小児・成人のなかには、診断・治療が遅れてしまう患者や、誤診によって適切な医療にアクセスできない潜在患者が混じっている。今回、我々は、FTATMカード、DnaCaptureⓇカードによって採取した唾液検体を用いてDNA解析をおこない、乳幼児・学童健診の現場に導入可能な技術を簡便な遺伝子検査法を確立した。ここではSMN1遺伝子の欠失の有無について検討し、期待通りの結果を得た。
(1)SMN2遺伝子スクリーニング:今回の検討によりSMN2遺伝子欠失のReal-time PCRスクリーニング方法が確立できた。今後の研究では、検体数を1000検体に増やし、さらに正確なSMN2欠失の頻度と、DBSを用いたスクリーニングでの攪乱因子の存在について検討していく。(2)唾液検体を用いてDNA解析:今回の検討により、濾紙唾液検体を用いたPCR技術が確立できた。今後の研究では、種々の保存期間における唾液検体の安定性(DNA解析可能性)を検討していく。
シーケンシング検査を外注する予定が遅れたために、次年度使用額が生じました。
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すべて 雑誌論文 (5件) (うち国際共著 1件、 査読あり 4件、 オープンアクセス 3件)
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