研究実績の概要 |
ダウン症 (DS) は21番染色体のトリソミーが原因の最も頻度の高い先天性染色体異常症である。DSでは白血病のリスクが高いことが知られており, 新生児の5~10%は, 一過性骨髄異常増殖症(TAM)と呼ばれる前白血病を発症する。TAMの多くは自然治癒するものの, 10%ほどは重篤であり早期死亡に至る。また, 20%は4歳までに白血病 (ML-DS) へ進展する。TAMは芽球数が100000/μL を超えるものから芽球割合が5%未満のものまで存在し, その表現型は多様である。早期死亡の抑制と白血病への進展予測は重要な課題である。 TAMとML-DSのほぼ全例では転写因子GATA1の遺伝子に変異が生じている。変異は, 塩基置換, 欠失, 重複, 挿入など様々だが, いずれもN末端側を欠く短縮型GATA1 タンパク質 (GATA1s) の発現を誘導する。GATA1sの発現量は TAMの表現型に影響を与える可能性が指摘されており, 第2エクソンを欠いた選択的スプライス転写産物量に影響を受ける。今回我々は, 1000例を超えるGATA1 変異を解析し, 遺伝子内にスプライシング効率に大きな影響を与える配列を同定した。検出された領域はエクソン, イントロンの境界から離れており, スプライシング予測解析ソフトによっても検出することができなかった。このような領域にはスプライシングの促進や抑制に関わる RNA結合タンパク質が認識すると考えられる。本研究では, 結合する因子を明らかにし, この機構がGATA1sの発現量に影響することを証明する。そして, TAMの重篤化の機構の解明と, 白血病への進展リスクの予測につなげることを目的にしている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
野生型 GATA1 の転写産物は, 2nd exon 由来の配列を含むもの(isoform a)と, 含まないもの(isoform b)の2種類がある。TAM, ML-DS にみられる変異では, isoform a では stop コド ンやフレームシフトが入り, ナンセンスコドン介在性 mRNA 分解により, 翻訳効率が低下する。しかし, isoform b は変異の影響を受けず効率的に GATA1s タンパク質が翻訳される。isoform b はN末 端側をコードしておらず, 完全長 GATA1 は発現され ない。つまり, GATA1 遺伝子から isoform b が効率的に産生された場合, GATA1s 高発現型 TAM になる。今回我々 第2エクソンの3’側の約 10bp の領域であった。当初の計画に則ってこの領域に変異を導入したところ選択的に isofom b の産生が認められた。さらに, 細かく領域を調べたところ当初の予想とは異なり, スプライシングに影響を与える部分が二箇所に分かれる可能性が高まった。このことより, この領域に結合する因子の候補が当初の予想とは異なる可能性が出てきた。より詳細な解析を進めたことにより, 従来の予定より解析が少し遅延している
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今後の研究の推進方策 |
昨年度注目して解析を進めた配列の中に, 二つの調節領域に分かれている可能性が出てきたことから, まずはより詳細な解析を進める。当初の実験計画に則って以下の方針で進める。1. GATA1 mini 遺伝子を用いた責任領域のマッピング: GATA1 mini 遺伝子への種々の変異を導入。このベクターをBHK細胞に遺伝子導入し, RT-PCRによってスプライシング異常分子の検出を試みる。2. siRNAを用いた標的RNA結合タンパク質 (RBP)の抑制による機能解析: 変異を導入した mini 遺伝子と候補 RBPを標的にした siRNAを 遺伝子導入し, スプラ イシングとタンパク質発現への影響をRT-PCRとWestern blotting で解析をする。3. CRISPR-CAS9 を用いて, K562細胞の標的 cis-element を ゲノム編集する: ゲノム編集した細胞株へ標的 RBPの siRNAを 導入し, スプライシングへの影響をみる。siRNAの有無と変異の有無の組み合わせにより, 両者の影響を評価する。
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