研究課題/領域番号 |
23K09377
|
研究機関 | 九州歯科大学 |
研究代表者 |
三次 翔 九州歯科大学, 歯学部, 助教 (00636920)
|
研究期間 (年度) |
2023-04-01 – 2026-03-31
|
キーワード | 軟骨分化 / 変形性関節症 / 酸化ストレス / アスコルビン酸 / インスリン受容体シグナル伝達 |
研究実績の概要 |
マウス前軟骨細胞株であるATDC5細胞は、インスリン存在下で軟骨細胞に分化する。抗酸化剤であるアスコルビン酸は軟骨分化を促進するが、軟骨形成の制御におけるアスコルビン酸の機能については不明な点が多い。そこで、インスリンに誘導されたATDC5細胞の軟骨分化に対するアスコルビン酸の作用とこれに関わる細胞内シグナル伝達を調べた。 その結果、インスリン刺激により誘導されるATDC5細胞のコラーゲン沈着、細胞外マトリックス形成、石灰化、軟骨分化マーカー遺伝子の発現がアスコルビン酸の併用添加によって促進されることを見出した。さらに、分子生物学的解析からインスリンによって誘導されるphosphoinositide 3-kinase(PI3K)/Aktシグナル経路の活性化は、アスコルビン酸の存在下で増強されることが明らかになった。対照的に、Wnt/β-cateninシグナル伝達は、Wntアゴニストであるsecreted Frizzled-related protein 1 (sFRP-1)、および3(sFRP-3)の発現増強を介して、軟骨細胞分化の過程で抑制された。興味深いことに、アスコルビン酸の添加により、ATDC5におけるインスリン受容体とその基質(IRS-1とIRS-2)の発現は亢進した。さらにアスコルビン酸は、インスリンによるIRS-1およびIRS-2タンパク質の抑制を回復した。 これらの結果から、アスコルビン酸がインスリンシグナルの増強を介してATDC5細胞の軟骨分化を正に制御していることが示唆された。これらの知見は、軟骨細胞分化の制御機構と変形性関節症のさらなる病態解明や効果的な治療戦略の開発につながる可能性がある。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
申請書に記載の計画通り、「課題1 軟骨分化誘導時の酸化ストレスの動態と機能」の研究を遂行した。抗酸化剤であるアスコルビン酸の添加がインスリンによる軟骨細胞分化誘導能の亢進に関わる機能を明らかにすることを目的とした。インスリンとの結合により、受容体の高次構造が変化し、基質タンパクであるIRSなどのリン酸化を介して細胞内シグナルが活性化される。活性化されるシグナル経路は、主に代謝作用に関与するPI3/Akt経路と増殖作用に関与するmitogen-activated protein kinase(MAPK)経路の2つがある。 アスコルビン酸は、インスリン受容体およびIRS-1、2の遺伝子発現を正に制御した。このことから、アスコルビン酸による細胞膜近傍の基質タンパクの活性化が、インスリン感受性の増強に関わっていると推測された。さらに、インスリンによるAktタンパク質のリン酸化が、アスコルビン酸の添加によってさらに増強される結果が得られた。これらのデータから、アスコルビン酸によるインスリン誘導性軟骨細胞分化の促進が、PI3K/Aktシグナルの活性化に依存していることを強く示唆された。一方で、MAPK経路の主要タンパクの1つERKタンパク質のリン酸化はインスリンによって阻害されたが、アスコルビン酸では増強した。軟骨形成の制御におけるERK活性化の基盤となる詳細な分子機序については、解析を継続している。 上記の課題については、十分な研究成果が得られたため、申請前に取得していたデータに加えて、英文誌に投稿した結果、Cell Biology International誌に受理され、掲載済みである。こうした点から、現時点における本申請研究の進捗は「おおむね順調に進展している」と判断している。
|
今後の研究の推進方策 |
2024年度以降は、「課題2 変形性関節症の病態形成への酸化ストレスの関与」を中心に研究を展開する。炎症性サイトカインであるtumor necrosis factor-α(TNF-α)および、高分子量ヒアルロン酸を添加したヒト軟骨細胞様細胞株C28/I2をin vitroの実験モデルとして使用する。 TNF-α添加時のC28/I2細胞に蓄積される酸化ストレスについて、(i)活性酸素種(reactive oxygen species; ROS)の産生、(ii)軟骨細胞のアポトーシスの誘導、(iii)インスリンシグナルの低下(Western blot)を指標に確認する。同様に高分子量ヒアルロン酸を併用投与した際の 酸化ストレス蓄積の修飾能も確認する。 さらに、高分子量ヒアルロン酸による酸化ストレス応答の解除機構の解明のために、高分子量ヒアルロン酸による発現抑制が観察されているmiR-92, -181a, -181dに対する1本鎖の合成インヒビターをC28/I2細胞に遺伝子導入し、標的microRNAの機能を抑制する。機能抑制後の細胞について、MAPKの調節因子であるMAPK phosphatase 5(MKP-5)の発現、TNF-αによるマトリックス分解酵素(matrix metalloproteinase 13;MMP-13)の発現誘導と酸化ストレスの蓄積に及ぼす影響を評価する。加えて、miR-92、-181a、-181dのmRNA mimics(合成2本鎖RNA)をC28/I2細胞へ遺伝子導入し、過剰発現させる。導入後の細胞に対して、酸化ストレス蓄積と高分子量ヒアルロン酸によるMKP-5発現誘導能の変化を確認する。
|
次年度使用額が生じた理由 |
想定よりも「軟骨分化誘導時の酸化ストレスの動態と機能」に関する研究の進捗が早く、有用な研究データが数多く収集できたため、同課題を優先して研究を遂行した。結果、十分な研究成果が得られ、R6年度に計画していた英文誌への投稿を今年度に行い、受理に至った。そのため、予定 していなかった英文校正や論文掲載に係る費用を支出することとなった。一方で、物品に関しては購入予定であった備品を購入する必要がなくなったため残額が生じた。旅費に関しては遠方の出張が予定より多かった。なお、生じた次年度使用額については、もう1つの研究課題である「課題2 変形性関節症の病態形成への酸化ストレスの関与」に関する研究を遂行する上で、必要な備品、消耗品 の購入に使用する予定である。
|