研究課題/領域番号 |
23K11307
|
研究機関 | 九州工業大学 |
研究代表者 |
井上 雅世 九州工業大学, 大学院工学研究院, 准教授 (60713344)
|
研究期間 (年度) |
2023-04-01 – 2026-03-31
|
キーワード | クープマン作用素 / 遺伝子発現情報 / 発現制御ダイナミクス |
研究実績の概要 |
計測技術の発達により、単一細胞レベルでの詳細な遺伝子発現情報の定量化が可能となった結果、遺伝子制御ネットワークの構造推定など遺伝子間の制御関係が詳細に解明されてきた。その一方、発現制御ダイナミクスなど発現制御の時間的な変化に関する研究は、時間変化は情報量が多いことから、単一細胞レベルのような大規模な解析は困難となっている。本研究では、クープマン作用素を用いた次元圧縮により、発現時系列データから制御情報の流れを抽出し、各遺伝子の発現量を状態変数とする高次元状態空間における軌道として可視化する手法を開発する。全体として、(A)発現制御情報の流れを、大規模性を維持したまま可視化抽出する解析手法の開発、(B)開発手法の有効性検証、の2項目に取り組む。2023年度は(A)より、(A-1)観測回数の減少が解析精度に与える影響の定量評価、(A-2)観測回数の下限値の解明、の2項目に取り組んだ。なお、解析対象データとしては、遺伝子発現制御ネットワークモデルの数値シミュレーションより作成した発現時系列データを用いた。 結果として、以下のことを解明した。(1)クープマン作用素を用いた次元圧縮は、観測回数が遺伝子数の1/10以下の場合にも適用可能であること。(2)観測回数が極めて小さい場合には、偶数回の観測をおこなう方が、奇数回の観測の場合よりも解析精度が高くなること。(3)観測回数の下限値として、遺伝子数100のデータの場合には、6回の観測で支配的モード抽出に成功すること。(4)抽出される支配的モードの形は観測回数に依存しないが、支配度の順位は観測回数の影響を受けること。(5)本手法では解析できないと予想していた一過性ピークをもつパターンにおいても、観測回数が小さい場合でも解析可能であること。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
(A-1)観測回数の減少が解析精度に与える影響の定量評価、(A-2)観測回数の下限値の解明、の2項目に関しては、計画書通りの計画が得られた。また、研究を進める中で、観測回数が1回増減するだけで、本研究課題の解析手法であるクープマンモード分解の適用可否が切り替わるという予想していなかった現象が観察されたため、その原因解明にも取り組む必要が生じた。結果として、クープマンモード分解と、比較手法としていた動的モード分解の特徴および差異について理解を深めることができ、実データへの応用の観点からは、当初の計画よりもよい成果を出すことができた。なお、(A-3)制御情報の流れを状態空間内の軌道として可視化する手法の開発、に関してはやや遅れているものの、難航することを予想したうえで計画を立てているため、全体としてはおおむね順調に進展していると考えられる。
|
今後の研究の推進方策 |
2024年度は、(A)発現制御情報の流れを、大規模性を維持したまま可視化抽出する解析手法の開発、のうち、(A-3)制御情報の流れを状態空間内の軌道として可視化する手法の開発、に取り組む。具体的には、以下の内容に取り組む。 クープマンモード分解から得られる各振動モードは、数理的にはクープマン作用素の固有関数として与えられる。これは、観測変数軸方向の構造として、各変数つまり遺伝子ごとの、そのモードへの寄与度の情報をもつ。したがって、各振動モードはデータの観測空間を伝搬する波として解釈できるが、本研究課題で対象とする遺伝子発現量データの場合には、各遺伝子は空間座標上に配置されているわけではないため、遺伝子の位置情報は不明であり、観測空間を定義できないという問題がある。そこで、各遺伝子の発現量を状態変数とする状態空間を設定し、そこでの波数ベクトルを定義することで、各振動モードを状態空間を伝搬する波として解釈し、波の伝搬つまり制御情報の流れを状態空間における軌道として可視化することに取り組む。
|
次年度使用額が生じた理由 |
本研究では大規模な計算機シミュレーションをおこなうことから、計算サーバーの拡張を計画していたが、2023年度の内容に関しては現在の計算サーバーで不足がなかったため購入に至らず、次年度使用額が生じた。ところが、2023年度末にマシンの不調が生じてしまったため、2024年度は早急に購入マシンの選定をおこない購入する計画である。また、2023年度は国内で大型の国際会議が開催されたことから、外国旅費に関して計画を変更することとなり、次年度使用額が生じた。ただし、国際会議での招待講演をおこなうなど、予定以上の成果発表をおこなったといえる。
|