研究課題
本研究1年目の2023年度は、当初見込み通りに総選挙と統一地方選挙が実施され、それぞれの選挙の前後にクルド系の政党や政治家の言動、それをめぐるクルド系メディア・論者の発言を収集するとともに、現地に赴きクルド系政治家や識者に対してインタビュー調査も実施した。選挙では当初想定していた左派クルド政党に加えて、イスラム系クルド政党が大いに注目された他、長らく活動を休止していた大物クルド政治家も言論活動を再開したために、本研究の主たる分析対象である“競合するクルド・ナラティブ”を同一時期・文脈で多数収集することができた。また、現地でのインタビュー調査では、本研究以前から聞き取り調査を行ってきたクルド系政治家や識者と話をした結果、歴史認識問題であっても政治状況の変化を踏まえたナラティブ分析をする必要性を再確認することができた。分析・執筆活動に関しては、2年目以降で具体的な分析・執筆を行う際の前提知識としてトルコにおけるクルド政治の文脈を把握するための論文を執筆した。詳細は研究発表欄に記すが、一つは、トルコのクルド問題は近隣諸国や欧米ロも含む国際情勢に大きく影響を受けていることから、トルコ外交をめぐる最新の国際情勢をまとめた。二つ目は、クルド・ナラティブが西洋のイスラモフォビアを意識して展開している面があることから、イスラモフォビアと認識・規範面での西洋中心主義との関係を図式化した。ただし、この論文は別の共同研究の成果を盛り込むために日仏比較をする必要があり、トルコやクルドを直接取り上げることができなかった。そのため、本研究では2年目以降に、クルド・ナラティブ分析をこの図式を精緻化しながら実施したいと考えている。また、2024年度出版予定であるが、トルコの権威主義的多党政治構造について、クルド多数派地域での選挙を事例に取り上げて論文を執筆した。
2: おおむね順調に進展している
当初予定通りに2つの選挙の際にクルド政治関連のナラティブの収集を行ったことは前述の通りであるが、それを読み込んでナラティブ・テンプレートを抽出するところまでは達成できていない。その理由は、昨年度に実施された国政選挙と地方選挙の結果が、予想を大きく覆すものとなったため、まずはクルド政治関連の観点からその原因を押さえておく必要が生じたためである。具体的には、クルド地域で与党が実施した選挙工作や、クルド左派政党が行った国政選挙での連立工作に対する支持層の不満などについて、本研究の分析のためにも把握することを優先した。その事象を上述のように他の研究成果とも関連づけながら比較政治学の論文としてまとめたため、その作業に時間がとられてしまった面がある。ただし、この論文執筆は本研究の成果の一部でもあり、当初は初年度に本研究の論文執筆は予定していなかったため、成果発表の面を含めれば、概ね順調に進展していると判断できる。
上記の研究実績概要で述べた2024年3月31日実施の地方選が与党惨敗に終わったことを受けて、現在、トルコの権威主義的政権の舵取りが流動的となっている。そのことがクルド政治にどのように影響するのかをめぐって、選挙終了後も言説活動が活発に続いていることから、2024年度も引き続き今回の選挙との関連でクルドの犠牲者アイデンティティに関わるナラティブ収集を行う。その作業と並行してナラティブ分析に関する先行研究を渉猟しながら、具体的な分析を進める。上述のように政権のクルド政策に変更の可能性が大いにあるものの、それがクルド政治運動に対して融和的になるのか、それともより厳しい対応になるのかは、連立相手の政党とのパワーバランスや国際情勢の展開との関りもあり、現時点では不透明である。未だにクルド系政治活動家やメディア関係者へのランダムな抑圧は続いており、現地調査には慎重を期する予定ではあるが、事態が大きく悪化しない限りは、2年目以降も現地で政治活動家らへのインタビューを行いながら、メディアなどに表れる言説の背後にあるクルド政治をめぐるその時々の文脈とも関連付けながらナラティブ分析をしていきたいと考えている。
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外交= Diplomacy
巻: 80 ページ: 132-137
上智アジア学= Sophia Journal of Asian, African, and Middle Eastern Studies
巻: 41 ページ: 11-39