研究課題
本年は、有明海奥部では毎年のように赤潮が発生しているスケレトネマを対象に、種別の休眠期細胞の分布を解明し、その分布特性を明らかにした。季節ごとに採取された有明海奥部の7地点の底泥と、有明海に接している六角川、早津江川の上流、中流、下流の底泥を試料として、試料を段階的に希釈分注して培養するMPN法を実施した。すべての希釈段階試料のDNAを用いて、スケレトネマ種判別PCRを行い、各底泥試料における、夏季主要種のS. costatumおよび冬季主要種のS. japonicumの休眠期細胞数を算出した。これを「MPN-PCR法」と名付けた。S. costatumでは、冬と春に河川に由来する休眠期細胞の供給と物理的循環流で休眠期細胞が河口域に集中していた。同様に、S. japonicumでも、春と秋に河川流出と物理的循環流で、休眠期細胞が河口域で蓄積された可能性を示した。一方、各種の増殖に最適な季節では、休眠期細胞は激減し、休眠期細胞が発芽して、栄養細胞となり、その後に赤潮を引き起していた。こうした河川流入や物理的循環流といった移流などの外的要因のほかにも、いずれの珪藻種でも、増殖の最適シーズンに発芽して休眠期細胞数を減らし、赤潮期から堆積して休眠期細胞数を増やす休眠ー発芽サイクルといった内的要因によって、休眠期細胞分布が変化しつつ推移することが示唆された。したがって、河川流入や沿岸流による移流で、休眠期細胞が河口域に集中した一方で、最適に発芽すれば、赤潮化につながるといったスケレトネマ各種の休眠期細胞の生態や休眠ー発芽サイクルを明らかにできた。今後は、MPN法に代わる遺伝子発現定量による簡易休眠期細胞定量法を開発し、さらに大量の試料の休眠期細胞を定量することで、スケレトネマ休眠期細胞の分布や生態理解を大きく進める。
2: おおむね順調に進展している
スケレトネマの種判別PCR法と底泥限界希釈法(MPN)を組み合わせたMPN-PCR法を有明海の底泥試料に展開することで、沿岸最重要珪藻のスケレトネマが、「どこに」分布し、「いつ」発芽して、赤潮化するかが現場で検証された。これは、初めての試みであるだけでなく、本研究課題のもう一つである今後の遺伝子発現解析による簡易休眠期細胞定量法開発の十分な基礎データを与えたといえる。また、海洋での発芽時期を特定できたことから、休眠から発芽する環境条件がかなり絞られたことから、スケレトネマの休眠と発芽をコントロールする道筋が見えたため、休眠ー発芽サイクルを制御して、休眠・発芽遺伝子の特定へ大きな一歩を踏み出したといえる。
今後は、本年の研究で明らかとなったスケレトネマ種別の分布から、対照的な休眠期細胞数をもつ試料を対象に、徹底したMPN培養実験(様々な水温、光条件)を実施し、種別の休眠期細胞数と種別の遺伝子発現量解析を同時に実施し、MPN培養実験結果と遺伝子発現結果を突き合わせ、簡易休眠期細胞数定量法を開発する。また、本年は70試料以上の有明海底泥試料を採取したため、簡易休眠期細胞定量法確立後に、現場の海泥試料に簡易法を展開し、MPNも実施しながら、簡易定量法を完成させる。
本年の研究では、約70000PCRを実施する予定であったが、研究室共通試薬等でPCRを実施することができたうえ、行政研究機関との共同研究などに発展し、受給者が試薬などの物品費を支出が抑えられた。そのため、次年度で使用する試薬類の購入に充てた。一方、次年度は、遺伝子発現に基づく簡易休眠期細胞定量法を開発するにあたり、RNA抽出に伴う逆転写酵素が非常に高価であるうえ、遺伝子発現解析で用いる定量PCR試薬も比較的高価であるが、70試料×4反復で行うため、試薬代がかさむ可能性が考えられる。そのため、次年度に使用額を持ち越し、本年の基礎データを新規法によって、大きく昇華させたく思っている。
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Marine Ecology Progress Series
巻: 703 ページ: 31~46
10.3354/meps14200