研究実績の概要 |
ヒトの記憶過程には大脳辺縁系の海馬と扁桃体が深く関与しているが、慢性ストレスが海馬および扁桃体組織にどのように影響するのか詳細は不明である。長期重症疾患のような慢性ストレス下では副腎皮質細胞内のステロイドホルモンの材料であるコレステロールエステルが枯渇し、Lipid depletion (細胞内脂質喪失)と呼ばれる組織変化を示す。本研究は病理解剖例を用いて、副腎組織がLipid depletionを示す慢性ストレス症例のヒト海馬および扁桃体の病理組織学的・分子病理学的変化を解析し、慢性ストレスと記憶障害の関連の一端を解明することを目的とする。 令和5年度は、細胞老化マーカー(p16, p21,テロメア長)について検討した。慢性ストレス以外に細胞老化に影響を与える可能性がある交絡因子として、認知症関連沈着物(リン酸化Tau , β-Amyloid, α-synuclein, TDP-43など)と喫煙歴が考えられたため、令和5年度は副腎に慢性ストレスの所見(Lipid depletion)がなく、かつ脳に認知症関連沈着がほぼない症例の脳組織を用いて、喫煙が海馬組織の細胞老化に及ぼす影響について検討した。代表的な細胞老化マーカー (p16, p21)の発現を免疫組織化学的に検討したところ、男女ともp16, p21いずれも海馬組織に陽性細胞はほとんどみられず、非喫煙者と喫煙者で陽性細胞数に明らかな差はみられなかった。テロメア長に関しては、男性では喫煙者と非喫煙者で海馬組織の細胞のテロメア長に有意差は認めなかったが、女性では喫煙者が非喫煙者よりも平均年齢が若いにもかかわらず海馬歯状回顆粒細胞のテロメア長が有意に短かった。すなわち、喫煙により女性の方が男性よりも海馬歯状回顆粒細胞の細胞老化のプロセスが亢進することが示唆された。
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