研究課題
本研究は表皮細胞のパターン形成に着目した新しい表皮培養の確立を目指すものであり、2023年度の目標は表皮細胞のパターン形成を制御する因子の同定および表皮細胞がパターンを形成するメカニズムの解明である。研究代表者は、細胞培地中に添加している血清がこのパターン形成を制御する因子であることを同定した。培地中の血清が枯渇することにより表皮細胞のパターンが形成されること、血清を補充することで一度生じたパターンが消失し、また血清が枯渇することで新たにパターンができること、一度消失したパターンは血清を含まない新鮮な培地に置換してもパターン消失は起こらないことを確認し、血清がこのパターンを規定している主要な因子であることを証明した。また、このパターンは「密に密集する細胞」と「疎に分布する細胞」で構成されるため、「過剰にコンフルエントな状況で培養している細胞」と「疎な状況で培養している細胞とをRNA sequencingで比較し、変動遺伝子群のパスウェイ解析で「細胞接着」と「細胞分化」のクラスターがあることを発見した。まず、この細胞接着に着目し、「密に密集する細胞」では接着結合(アドヘレンスジャンクション)が強固に形成されていることを見出した。この接着結合を阻害する培養環境、阻害剤、接着結合を構成するタンパクをコードする遺伝子のノックアウトを行い、いずれの状況でもパターンが形成されないことを確認した。また、数理モデルを用いたシミュレーションでは、細胞間接着が十分強固である場合、初期状態では一様な細胞で構成される単層の細胞シートは、細胞間同士の引力の揺らぎにより最終的には表皮細胞で見られたような「密に密集する細胞」と「疎に分布する細胞」で構成されるパターンを形成することを示した。
2: おおむね順調に進展している
2023年度の目標は表皮細胞のパターン形成を制御する因子の同定および表皮細胞がパターンを形成するメカニズムの解明であり、表皮細胞のパターン形成を制御する因子として培地中の血清であることを同定し、さらにパターンを形成するメカニズムとして細胞間接着が重要であることを明らかにし、当初の目標を十分達成できていると考える。当初の懸念であった培地交換の操作による刺激がパターン形成に関与している可能性を検証するため、常に培地が一定の流速で供給され続ける「灌流培養モデル」を樹立し、培地の枯渇(低流速の培地の供給)によって表皮細胞はパターンが形成されることを確認した。また、パターン形成における接着結合の重要性を評価するため、接着結合を構成するタンパクのα-カテニンをコードする遺伝子(CTNNA1)をノックアウトした表皮細胞を樹立しており、2024年度に行う予定の3次元表皮培養の実験に使用することができる。さらに、「過剰にコンフルエントな状況で培養している細胞」と「疎な状況で培養している細胞とをRNA sequencingで比較し、変動遺伝子群のパスウェイ解析で「細胞分化」のクラスターがあることを発見し、現在申請者はパターン形成による細胞分化の制御に着目している。申請者は既に表皮細胞の分化マーカーであるケラチン10をパターン形成後の表皮細胞で染色し、「密に密集する細胞」にケラチン10陽性細胞が多いこと、ケラチン10陽性細胞は細胞培養ディッシュから離れて重層化していることを発見した。この発見は、表皮細胞のパターン形成は細胞の運命決定を空間的に制御していることを示し、本研究の新たな方向性を見出すことができた。以上より、本研究は予定していた実験を終了し、今後の研究に向けた準備も整っており、順調に研究は進展していると考える。
2024年度は2023年度までで得た知見を元に表皮三次元培養の系を確立する。この系では、「培地を枯渇する培養条件」と「培地を潤沢にする培養条件」とで比較し、パターンを形成する「培地を枯渇する培養条件」でより良い表皮が出来るかを検討する。また、パターン形成をしないCTNNA1KO表皮細胞を用いて、細胞間接着に障害がある細胞で良い表皮が出来ないことも確認する。表皮三次元培養が確立した後は、免疫不全マウスの背部に創傷を作成し、培養した表皮を移植することで、作成した表皮が生着して機能し得る表皮であるかを評価する。また、RNA sequencingで得た知見から、パターン形成による細胞分化の運命決定のメカニズムについても着目して研究を進める。細胞間接着によるシグナル経路はHippo-YAP経路がよく知られており、YAPの局在でその活性状態を調べることができる。YAPは核内に局在している場合は活性化し、細胞増殖を促すが、細胞質内にいる場合は不活性化し、細胞は分化に向かうことが知られている。研究代表者はパターンを形成した表皮細胞で「密に密集する細胞」は分化し、「疎に分布する細胞」では増殖していることを発見した。そのため、今後はパターンを形成した表皮細胞でYAPを染色し、「密に密集する細胞」ではYAPが細胞質内に局在して不活性化しているか、「疎に分布する細胞」ではYAPが核内に局在して活性化しているかを調べる予定である。また、YAPの染色のみならず、Hippo-YAP経路の下流分子であるANKRD1にも着目し、核内分子であるANKRD1が「密に密集する細胞」よりも「疎に分布する細胞」で核内に染色されるかを確認する。この仮説通りであった場合、YAP阻害剤やYAP活性化剤などを用いて、パターン形成による表皮細胞の細胞分化の運命決定がYAP依存性であるかを明らかにする。
すべて 2023
すべて 学会発表 (2件) (うち国際学会 2件)