研究課題/領域番号 |
23K16931
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研究機関 | 立命館大学 |
研究代表者 |
大津 耕陽 立命館大学, 情報理工学部, 助教 (10908049)
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研究期間 (年度) |
2023-04-01 – 2026-03-31
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キーワード | ヒューマンインタフェース / インタラクション / 笑い / ライフログ / 情報デザイン / 解決志向アプローチ |
研究実績の概要 |
本研究の目的は,生活の中での肯定的な体験を記録し,その内容を閲覧できる仕組みによって,前向きな考え方の形成を促進できるかを明らかにすることである. 2023年度の研究活動の中では,肯定的な体験を構成する要素として「笑い」に着目し,生活行動の中での笑いを伴う過去の体験の情報を蓄積し,過去の笑いを伴う体験を振り返ることができる仕組みが,過去の出来事の想起や気分の向上に与えるのかを検証した.具体的には,笑い体験が起こった地点とその際の内容を記録し,地図形式で振り返りができるプロトタイプシステム「笑い声マップ」を開発し,大学の構内環境下での実験を行った.実験の結果からは,過去の笑い体験を地図の形式で提示することが,過去の出来事に対する想起の量を増やすことが明らかになった.また,笑い声マップを用いた過去の出来事の振り返りが,活気にまつわる気分改善に有用であることが明らかになった.これらの研究成果については国内学会で2件発表したほか,国際会議に成果を投稿中である. 研究計画の中では,過去の笑い体験を提示するだけでなく,過去の笑いの程度に基づいたユーザへの介入支援が,ユーザの考え方や行動の変容を促進しえるか?を明らかにすることも最終的な目標として設定している.そのため,ポジティブ心理学分野における対話的介入の手法に着目し,具体的な介入方法の検討を始めている.なかでも,ユーザの持っている肯定的な資源への注目を促し考え方の変容を図る観点で有用な介入手段であると考えられる解決志向アプローチに着目し,情報システムによる介入のための設計の検討や効果検証を進めている.シルバー人材センターで就労する高齢者を対象としたチャットボットによる介入実験からは,ユーザの生活状況に対する見つめなおしや,気分改善に有用である可能性が示された.この成果については情報処理論文誌で発表し特選論文に選出された.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
研究計画では,①実環境での笑い体験の記録を可能とする笑いタイミングの検出手法の設計,②肯定的な体験の想起を促すために,過去の笑いを伴う体験をどのように提示すべきか,③過去の笑いの程度に基づいた介入がユーザの考え方や行動の変容を促進し得るか,の3点を研究の中で明らかにする項目として挙げた.①については,音声のみを利用した笑い検出の手法によって,学校の構内等の制約された環境かであれば,②の項目について部分的な検証が可能であることが検討から分かってきた.そのため本年度の検討では特に②に着目し,学校での校内での制約された環境下での検証から,笑い体験を記録し提示するコンセプト自体の可能性を調べることに注力した.②については,プロトタイプシステム「笑いマップ」を開発し,過去の笑い体験を地図形式で振り返れる仕組みが,事後の記憶の想起の量を増やすこと,活気にまつわる肯定的な気分の改善に有用であることを示すことができた.③についても,ポジティブ心理学分野の知見を参考に情報システムを用いた介入方法の検討を開始しており,なかでも解決志向アプローチの利用可能性を検証できた. ただし,①については,日常生活環境下でのコンセプトの評価を進めていくために,更なる検討が必要となる項目である.②についても,プロトタイプシステムの開発や簡易的な効果検証はできているが,統制された環境下での単日での実験によるものであり,長期的な介入の効果を調査していく必要がある.③についても,①②での開発や検証を踏まえ.情報システムで取得できるユーザの過去の体験情報を踏まえたかたちでの介入が可能な手法を検討していく必要がある. このように,研究の中で検討すべき点が多く残されているが,制約環境下で動作するプロトタイプの開発と実験によるコンセプトの検証,学会発表を進めることができており,おおむね順調に進展していると評価する.
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今後の研究の推進方策 |
生活環境下でのコンセプトの評価を進めていくために,実環境下での笑い体験の記録を可能とする笑いタイミングの検出手法の検討を進めていく.特に,非言語的な身体情報からユーザの笑い体験の記録を頑健に可能とする手法を検討し,適宜手法自体の性能評価とユーザ使用時のユーザ体験の印象評価を実施することで手法自体の効果を検証し改善を進めていく.これまでの検証の中で,過去の笑い体験を提示することが,記憶の想起の量や気分改善に有用である可能性が明らかになってきた.ただし,提案コンセプトのどのような仕組みが,気分の変容に作用しているかについては明らかにできていない.このため,ユーザの気分の変容が,過去の体験に対する印象の捉えなおしによって生じている可能性に着目し,実験から検証を進めていく.また,長期での介入実験の方法を検討し,複数日での介入を伴う実験から,過去の笑い体験を振り返れる仕組みの持つ具体的な効果を調べていく予定である.このほか,これまで明らかになった内容について,国際会議や論文誌での成果発表を進める. 2023年度の取り組みの中では,ポジティブ心理学分野の知見をベースにした対話的介入のための手法の検討も行ってきたが,こちらについても引き続き進めていく.大規模言語モデル(LLM)をはじめとする状態推定・対話生成に関する技術の進展がみられることから,ユーザの状態に合わせた介入を実現していくうえで,これらの手法がどのように寄与するかを明らかにしていく.
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次年度使用額が生じた理由 |
生体情報計測装置や,深層学習に基づくアルゴリズムや大規模実験のための実験用サーバとして用いる高速処理が可能なPCの購入を検討していたが,学内での制約された環境下でコンセプトの初期評価を行うことを優先したことにより,本年度の購入を見送った.また,インタフェースに関するユーザ実験において実験タスクの負荷が少なく,実験謝金が当初予定より支出されなかった.これらの実験装置・人件費については,2024年度以降でのシステム開発や評価で必要となる.そのため,次年度使用額については2024年度に物品購入やユーザ実験の実験謝金として活用し,システム開発や実験を進めていく.
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