研究課題
スピン分解・角度分解光電子分光では、運動量分解した電子スピン状態を決定できるため、スピン流を直接的かつミクロに観察可能となる。本研究では特に、スピン分解可能なポンプ・プローブ角度分解光電子分光(ARPES)装置の高度化及びそれを駆使して、スピン偏極物質(トポロジカル絶縁体、ワイル半金属、カイラル半金属、ラシュバ表面創発物質)の非平衡スピンダイナミクスを解明することを目的とする。本年度は、OPA(Optical Parametric Amprifier)装置を導入し、今まで自由に選べなかったポンプ光を1eVから0.3eVまで連続的に使えるようにした。これによって、ギャップの異なるバンド間の光励起を選択的かつコヒーレントに行うことができ、対象とする物質及び見たい物性が大きく広がった。一方、基本波となるパルスレーザーは市販のものではなく手作りであるため、強度に不安定があることが分かった。しかし、偏光子によるフィードバック回路を組み込むことで、強度を安定化させることに成功した。スピン・時間分解測定は長時間のスペクトルスキャンが必要であるため、光源強度を安定化させたことは、今後の研究を発展させる上で極めて重要である。実際に、OPAを活用したポンプ・プローブARPES実験により、Sb2Te3の非占有側にあるトポロジカル表面状態を観測した。ポンプ光の波長を変化させると、正と負の波数で見られるスペクトル強度の非対称性が逆転することを見出した。これは、光のエネルギーをバンドギャップに調節して共鳴励起させることで、スピン偏極電流の創発及び制御できることを直接バンド観察から可視化し見出した意義のある結果である。
2: おおむね順調に進展している
OPA(Optical Parametric Amprifier)装置を新しく導入することで、ポンプ光エネルギーを連続的に変えつつポンプ・プローブ実験ができるように装置を整備した。これによって、ギャップの異なるバンド間の光励起を選択的かつコヒーレントに行うことができ、対象とする物質及び見たい物理に対し研究の幅が大きく広がった。また、強度に不安定のあった手作りの基本波レーザーに対して、その出力強度を、偏光子によるフィードバック回路を組み込むことで安定化させることに成功した。これにより、長時間測定が求められるスピン・時間分解実験が安定してできるようになった。以上の進歩状況から、本研究は概ね順調に進展していると判断される。
スピン偏極物質(トポロジカル絶縁体、ワイル半金属、カイラル半金属、ラシュバ表面創発物質)の非平衡スピンダイナミクスを解明するとともに、物質の隠れた潜在能力を非平衡・準平衡状態に見出す新しい物質設計指針を確立し、レーザー駆動で創発制御される新奇スピン機能物性を開拓する。[エキシトニックトポロジカル状態のスピンダイナミクス研究] トポロジカル絶縁体Bi2Te3では、光で強励起すると、電子とホールがトポロジカル表面とバルク間で空間分離したエキシトニックトポロジカル状態が発現する。そのエキシトンの寿命が40ps以上ととても長いことが特徴である。膜厚調整してトポロジカル状態を変化させた一連の薄膜試料に対して、様々なポンプ光を用いたスピン・時間分解ARPES測定を行い、この新奇トポロジカル状態のスピンダイナミクスを解明・制御する。膜厚調整した薄膜試料については、ARPES装置に取り付けたMBEチャンバーでのin-situ作成を行う。また、ワイル磁性体、弱いトポロジカル絶縁体、高次トポロジカル絶縁体、トポロジカル表面超伝導においても新奇エキシトニック状態を発現させ、そのスピンダイナミクスを解明する。[ラシュバ表面状態の光スピン制御] スピン軌道相互作用の強い物質表面に円偏光を照射すると光電流が生じる。この現象には、ラシュバ表面状態による光ガルバニック効果とバルク状態に起因する逆スピン・ホール効果の2つの可能性があるが、熱起電力との切り分け、あるいは表面状態とバルク状態との差別化ができていない。スピン緩和を含めた電子構造の直接観察からこの問題を解決し、ラシュバ表面状態の制御方法を確立する。
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