研究実績の概要 |
呼吸は生命の維持に不可欠な活動であるばかりでなく、近年では、脳領域間の神経活動の同期にも影響を与え、多感覚情報の統合を促進する可能性も示唆されている。さらに最近では、自分の好きなタイミングでボタンを押す場合、ボタン押しは呼気時になされることが多いという、呼吸位相が自発的な随意運動にも影響を与える可能性も示唆する報告もなされている(Park, et al., 2020, Nature Communications)。しかし、その研究ではボタンを押すという行為以外の行為は調べられておらず、この結果は、必ずしも自発的行為全般が呼気位相と関係することを示すわけではなく、「吐く」という動作と「押す」という動作では内から外という運動感覚的イメージスキーマの方向性が一致しており、単にこのスキーマの存在を示しただけの可能性もある。そこで、本年度は、ボタンを押す場合に加え、押していたボタンを離す(引く)動作も条件に加え、呼吸位相との関連を調べた。122名の実験参加者からプールしたデータに対しカイ二乗検定を実施したところ、ボタンを押すときには息を吐いていることが有意に多いという先行研究の結果が再現された。ボタンを離すときも同様であり、吸うよりも吐くときの方が多かった。いずれも呼吸を止めて行為を実行することは少なかった。これらの結果は、行為の方向性にかかわらず呼気に同期して行為がなされることが多いことを示している。さらに詳細に検討した結果、呼気時でも、押す場合は吐き始めに、離す場合は吐き終わりのときに行われることが多いことが示された。
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今後の研究の推進方策 |
本年度の成果により呼吸位相と自発的行為には関係性があることが示唆された。また、先行研究では、呼吸は、海馬や前頭前野の神経活動に影響を及ぼすのみならず、脳領域間の神経活動の同期にも影響を与え、多感覚情報の統合を促進する可能性も示唆されている(e.g.,Heck, et al., 2019, J. Neurophysiol. ; Herrero, et al., 2018, J. Neurophysiol.)。とするならば、呼吸位相により運動情報と視覚・聴覚などの外受容感覚情報との多感覚統合のあり方が変わり、結果として、運動情報と感覚情報が結び付けられることで生じる自己主体感(自分が行為を行なっているという感覚)も変化する可能性がある。今後は、自己主体感の顕在指標(「どの程度自分が鳴らしたと思うか」に対する回答)と潜在指標(行為を実行してから結果が生じるまでの時間感覚の知覚)を用いて、呼吸位相が自己主体感に及ぼす効果を検討する。
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