研究課題/領域番号 |
23K17752
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研究機関 | 九州大学 |
研究代表者 |
板垣 奈穂 九州大学, システム情報科学研究院, 教授 (60579100)
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研究期間 (年度) |
2023-06-30 – 2025-03-31
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キーワード | 励起子トランジスタ / ZnO / ZAION |
研究実績の概要 |
本研究は,電界による励起子ドリフトの可能性を見出し,且つドリフト輸送を前提とした新しい構造の励起子トランジスタを提案することを目的とする.本研究の励起子ドリフトが実現すれば,拡散のみを利用する従来デバイスに比べ1ー2 桁の高速化が実現すると期待される.当該年度はまず、「不均一場中での励起子ドリフト」について検証を行うとともに、その実証の場となる歪量子井戸について、それを構成するZAION膜の高品質単結晶成長ならびに励起子寿命の評価を行った。前者に関してはまず、スピンとの類似性から推測される「不均一場中での励起子ドリフト」が励起子の輸送機構であるとの仮説を立て、その検証に着手した。磁気双極子モーメントを持つスピンは磁界勾配中で力を受け並進運動する。この力は磁気双極子モーメントと磁束密度 Bの相互作用エネルギーの勾配に起因し、磁束密度とその勾配が同じ方向に存在する場合、その方向に働く。電気双極子モーメントを持つ励起子にも電界勾配に沿った力が働くことが考えらえれる。実際に過去報告された励起子トランジスタ内の電界分布の計算を行った結果、電界は輸送方向にも数十 kV/cmの大きさを持ち,且つ 輸送方向に強い勾配を持つことを確認した。つまり、上述のメカニズムで励起子が輸送される可能性が示された。後者のZAION膜の結晶成長に関しては、使用する基板の面極性や表面モフォロジー、基板温度等を精緻に制御し、吸着原子の表面マイグレーションを最大化することで,極めて高い結晶品質を有するZAION膜を得ることに成功した.これにより、既報のZAION膜に比べて1桁以上低い残留キャリア濃度を実現した.一方で励起子寿命は10psオーダーと短いことが分かり、デバイス実用化に向け、非輻射再結合中心となる点欠陥密度をさらに低減する必要性があることが示された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本課題は,代表者オリジナルのシーズ技術を背景に,電界による励起子ドリフトを実現するとともに、ドリフト輸送を前提とした新しい構造の励起子トランジスタを提案することを目的としたものである.当該年度では、その鍵となる非局在型の室温・長寿命励起子を歪量子井戸を用いて実現するべく,まずはオリジナル材料ZAIONのシュードモルフィック成長を試み,それに成功すると同時に、残留キャリア濃度の大幅な低減を実現した。これはデバイス応用の観点から重要な成果といえる。また励起子寿命の評価ならびに発光メカニズムの解明に着手し,i) 非輻射再結合寿命はpsecオーダーと短く、これがデバイス性能を支配すること,ii) 非輻射再結合中心の密度は10^17-10^18 /cm3と見積もられること、iii)これらは不純物もしくはZn欠損との複合欠陥による可能性が高いこと,を示すことができた.励起子輸送に関しては、デバイスシミュレーションによる解析により、マクロスケールで電気的に中性とみなされる励起子が、不均一電場中でドリフトを行う可能性が示された。今後は,これらの成果を元に,ZAION歪量子井戸による室温・長寿命励起子の実現とドリフト実証に注力する。
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今後の研究の推進方策 |
今後は,R5年度に得られた成果を元に,ZAION歪量子井戸による室温・長寿命励起子の実現とドリフト実証に注力する。ZAION は,II-VI 族である ZnOと III-V族である(Al,In)Nとの混晶形成,という従来に無いアプローチで開発した材料である.注目すべきは励起子束縛エネルギー(Eb)の値 で,室温の熱エネルギーより高いが,他の高 Eb材料に比べると低い.つまりZAIONは室温安定且つ高移動度な励起子が得られる数少ない材料系といえる.またその強い圧電性は,励起子の長寿命化を可能にする.歪量子井戸形成時に発現する数V/cm のピエゾ電界が電子と正孔の波動関数を空間的に分離し,再結合を抑制するからである.本年度は、R5年度にその作製に成功したシュードモルフィックに成長したZAIONから成る歪量子井戸を形成し,光照射により励起子を生成,さらに上述の不平等電界を印加しドリフト輸送を試みる.一方、デバイス応用のためには,正味の励起子流が生成され且つその流れが制御されなければならない.本研究では ZAIONの二つの特長-イオン結合性に起因した電子・正孔の有効質量差 & 歪量子井戸内の強いピエゾ電界-を駆使してこれを実現する.前者は有効質量の小さい電子が常に先行し拡散する「両極性拡散」を生じさせ,高い励起子偏極率をもたらす.R5年度での検討により、ここに不平等電界を印加すれば正味のドリフト流が生成すると期待される.また後者のピエゾ電界は励起子を長寿命化し,さらには外部電界の印加により励起子を再結合消滅させることもできる.つまり,電圧による励起子流の On/Off が実現すると期待される.
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次年度使用額が生じた理由 |
次年度使用額が生じた理由:当初購入を予定していた量子井戸形成のための高周波電源について、その構成部品(特に電子部品系)の世界的供給不足により、納期がR6年度となったのが主な理由である。また、「その他」に計上していた分析費用について、研究協力者にその分析を依頼したことで使用額が当初想定よりも低くなったことも理由の一つである。 次年度使用額の使用計画:まずは、R5年度に納入できなかった上記高周波電源に充てる。また、R6年度はデバイスの作製・動作実証に注力する予定としており、そのための各種材料の購入費や真空装置部品、電子部品、ならびにそれらの成果発表のための国内外の学会参加費および旅費に支出するとともに、作成したデバイスの評価のための分析依頼や分析のための旅費等に使用する。
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