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2023 年度 実施状況報告書

生体環境で安定かつ可逆変形する希土類錯体を用いた癌細胞成長の光情報解析

研究課題

研究課題/領域番号 23K17925
研究機関北海道大学

研究代表者

長谷川 靖哉  北海道大学, 工学研究院, 教授 (80324797)

研究期間 (年度) 2023-06-30 – 2026-03-31
キーワード希土類 / 発光 / 生体応用
研究実績の概要

ポリエーテル鎖を有するユウロピウム錯体を合成し、そのユウロピウム錯体をがん細胞内へ導入する実験を行なった。本細胞実験に先立ち、ポリエーテル鎖を有するユウロピウム錯体の生理培養液中での安定性を評価した。ポリエーテル鎖を有するユウロピウム錯体は生理培養液中で巨大な分子会合体を形成することが蛍光顕微鏡観察および光散乱測定(DLS測定)により明らかになった。この巨大な分子会合体が生理培養液中のアミノ酸によるユウロピウム錯体の分解を抑制していると考えられる。この巨大な分子会合体はがん細胞表面に吸着し、ユウロピウム錯体が細胞内に侵入して赤色発光することが蛍光顕微鏡観察によって明らかになった。
この赤色発光するがん細胞の発光スペクトルと発光寿命を計測して発光速度定数の算出を行なった。この発光速度定数はがん細胞内によりこまれると急激に増大し、その発光速度定数の変化時間はがん細胞の活性度(悪性度)によって大きく異なることが明らかとなった。様々な種類のがん細胞取り込み実験を行い、悪性度の高いがん細胞ほどユウロピウム錯体が取り込まれやすいことがわかった。特に悪性度の異なる脳細胞(NHA: normal human astrocytes)を用いて実験を行なったところ、悪性度の高いがん細胞ほど発光速度定数の変化速度が早いことがわかった。具体的には、Eu(III)錯体を投入直後と 3 時間後の測定において発光速度定数は NHA/TS (良性グレード II 神経膠腫) で 4%、NHA/TSR (悪性グレード III 神経膠腫) で 7%、NHA/TSRA (悪性、グレード IV 神経膠腫)で 27% の増加を示した。以上、がん細胞の悪性度を光物理化学解析によって初めて評価することに成功した。

現在までの達成度 (区分)
現在までの達成度 (区分)

1: 当初の計画以上に進展している

理由

水溶性のユウロピウム錯体を用いた脳腫瘍細胞への取り込み実験を初めて行い、細胞から放射される赤色発光を光物理化学解析することに初めて成功した。これまで水溶性のユウロピウム錯体をがん細胞に取り込んで蛍光顕微鏡によって観察する研究は多く報告されている。この先行研究では困難ながん細胞から放射される赤色発光を光物理解析することに世界で初めて成功した。この研究成果は、細胞内で分子の立体構造が大きく変化する水溶性のユウロピウム錯体を用いたことが成功の要因と考えられる。申請者らはユウロピウム錯体の立体構造と発光速度の関係をこれまで研究してきており、分子構造が非対称化(歪んだ構造)となることで、ユウロピウムの4fー4f遷移が許容化することを明らかにしている。この光物理化学研究を医学分野で初めて応用する点が注目するポイントとなる。
今回の研究では、がん細胞中に取り込まれた水溶性のユウロピウム錯体の光物理解析によって、がん細胞の悪性度に依存した取り込み速度変化を数値化することに成功した。このがん細胞悪性度の数値化することによってデータ解析が容易になり、医学の細胞研究においてデータサイエンスへの展開が可能になる。このことから、多くの数値情報をデータとして蓄積することで情報科学によるがん細胞評価への展開も切り開かれるため、今回の研究成果の意義は大きい。
以上のことから、初年度半年で優れた研究成果を上げることに成功した。よって、当初の計画以上に進展していると判断する。今後はがん細胞の中の構造情報(タンパク質の関与など)を数値化できる水溶性ユウロピウム錯体を開発することによって、さらなる研究進展が期待できる。

今後の研究の推進方策

ポリエーテル鎖を導入したユウロピウム錯体は水圏環境で巨大な分子会合体を形成し、がん細胞内に侵入してセンシング機能を発現することをこれまで報告している。一方、水溶性の糖骨格を導入したポリマー材料がタンパクを捕捉してセンシングすることが知られている。本研究では、がん細胞内のタンパク質を吸着・補足するユウロピウム錯体の開発検討を行う。具体的には、ガラクトースなどの糖誘導体を導入したEu(III)錯体を合成し、水圏環境(純水中および生理培養液中)における会合体形成と光機能を評価する。
糖誘導体を導入したユウロピウム錯体はホスフィンオキシドに糖骨格をクリック反応で取り付け、その分子をユウロピウムに配位させることで目的物を合成する。得られたユウロピウム錯体の水圏環境中での会合体形成を臨界ミセル濃度測定および光散乱測定によって評価する。さらに、光物性を測定し、メタノール中における光物性と比較する。さらに、水圏へのタンパク導入によって捕捉センシング機能を評価する。
がん細胞中におけるタンパクセンシング機能を蛍光顕微鏡で評価するためのユウロピウム錯体を合成し、蛍光顕微鏡による画像観察細胞内における放射速度定数の変化を評価する。得られた放射速度定数の評価から、がん細胞内のタンパク質関与に関する光物理データ解析を検討する。
さらに、ユウロピウム錯体にキラル構造を導入することで、発光の円偏光情報も獲得することができるため、細胞内で円偏光解析が可能な新しいユウロピウム錯体の開発も行う。

次年度使用額が生じた理由

研究成果を論文にした時期が年度末に近かったため、学会による発表が困難であった。このため、学会活動に関する旅費が計画よりも少なくなった。また、水溶性のユウロピウム錯体の誘導体を合成する時間も限られていたため、物品費の使用も少なくなった。以上のことから、研究進展は得られているが、使用経費を全て活用することはできなかった。
がん細胞に取り込んで光情報を検出する研究成果は得られているため、本年度で使用予定の研究費を次年度に投入して、次年度の研究計画を加速させる。具体的には、生理培養液中でタンパク質を補足・検出できる新しい水溶性ユウロピウム錯体の開発に全力を注ぐ。さらに、細胞実験も同時に進行させ、細胞内からの光情報検出によるデータ化を進める。さらに、九州大学のタンパク質認識分子開発を専門としている研究者との学術共同研究を進める。
得られた研究成果を国内および国外の学会およびシンポジウムで積極的に発表し、研究成果の公開を行う。さらに、得られた研究結果をまとめて論文化し、国際的に評価が高い論文誌への投稿を検討する予定である。

  • 研究成果

    (3件)

すべて 2024 2023

すべて 雑誌論文 (1件) (うち査読あり 1件、 オープンアクセス 1件) 学会発表 (2件) (うち招待講演 1件)

  • [雑誌論文] Structure-changeable luminescent Eu(III) complex as a human cancer grade probing system for brain tumor diagnosis2024

    • 著者名/発表者名
      M. Wang, M. Kono, Y. Yamaguchi, J. Islam, S. Shoji, Y. Kitagawa, K. Fushimi, S. Watanabe, G. Matsuba, A. Yamamoto, M. Tanaka, M. Tsuda, S. Tanaka, Y. Hasegawa
    • 雑誌名

      Scientific Reports

      巻: 14 ページ: 778

    • DOI

      10.1038/s41598-023-50138-9

    • 査読あり / オープンアクセス
  • [学会発表] 希土類元素を利用した新規光機能性材料の開発2024

    • 著者名/発表者名
      長谷川靖哉
    • 学会等名
      日本化学会 第104春季年会 (2024)
    • 招待講演
  • [学会発表] カンファー型配位子に芳香環を導入したキラルEu(III)錯体の円偏光発光特性2023

    • 著者名/発表者名
      滝沢諒平、鶴井真, Mengfei Wang, 北川 裕一,長谷川 靖哉
    • 学会等名
      日本化学会 第104春季年会 (2024)

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公開日: 2024-12-25  

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