研究実績の概要 |
本研究課題の目標は、非対称性因子が大きく高偏極かつ高効率な円偏光発光(CP-PL/CP-EL)を実現することである。この目標を達成するためには、有機EL素子中で生成する三重項励起子を高効率に光へと変換可能な熱活性化遅延蛍光(TADF)特性と高偏極な円偏光発光特性の両特性を発現し得る分子構造の設計が不可欠である。本研究では、TADF特性を有する多重共鳴構造と大きな非対称性因子が期待される環状分子構造の2つの基盤構造を1つの分子内に併せ持つ環状多重共鳴型TADF分子群の創出を目指す。 初年度(2023年度)は本研究の要となるキラル環状TADF分子群の設計とそれらの多重共鳴構造を有するモノマーユニットの合成を実施した。キラルな(P/M-)環状分子構造の設計において、ヘリカルな構造を有する(n,m)Single-walled carbon nanotube(SWCNT)をテンプレートとして用いた。(n,m)のヘリシティを有するキラル環状分子は、(n/4,m/4)のモノマーユニットの環状4量体として設計することができるため、(n/4,m/4)のベクトルで表され、ホウ素(B)と窒素(N)を含む多重共鳴構造を有するモノマーユニットを複数設計した。最適なモノマーユニットの構造を検討した結果、(20,4)SWCNTのフラグメント構造を有する(P/M-)-(20,4)環状TADF分子をターゲット分子とした。モノマーユニットとして、(5,1)のベクトルで表される2つの多重共鳴型TADF分子を設計し、それぞれ合成を進めた。ターゲット分子であるキラル環状TADF分子を得るためには、ボロン酸エステルが置換されたモノマーユニットを用いた白金(Pt)との環状錯形成を介する環化反応が必要である。今年度中は、ボロン酸エステル(B(pin)基)を置換基として有するモノマーユニットの合成までを実施した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
本研究課題では、非対称性因子が大きく高偏極な円偏光発光(CP-PL/CP-EL)を実現するため、遷移磁気双極子モーメントの増強効果が期待される環状分子構造を有する円偏光発光性分子の創出を目指している。当初の研究計画では、本年度中にターゲット分子であるキラル環状TADF分子の合成とキラルHPLCによる精製・単離までを実施する予定であった。この点で、ターゲット分子の合成面では遅れが生じていると判断される。その一方で、研究開始当初にはキラルな環状分子構造を網羅的に設計できていなかったが、ヘリカルな(n,m)SWCNTをキラル環状構造のテンプレートとして用いることにより、直径の異なる複数のキラル環状分子構造(ヘリシティとして、(12,8),(16,12),(20,4),(20,8))を設計し、それらのひずみエネルギーを考察した。 曲面を有する環状分子構造には、平面構造には無いひずみエネルギーが生じるため、平面性の高い多重共鳴型TADF分子とは異なる発光特性を示すと予想される。曲面を有する環状π共役系分子である[n]シクロパラフェニレンを例に挙げると、直径が小さくなりひずみエネルギーが大きくなるにつれて蛍光量子収率の低下と発光スペクトルのレッドシフトが報告されている。その結果を踏まえ、環状構造に生じるひずみエネルギーが比較的小さく、かつ、複数の構造異性体を設計可能な(20,4)環状TADF分子を本研究課題のプロトタイプ分子として設計するに至った。今年度中に(20,4)環状TADF分子のモノマーユニットの合成までを達成していることを考慮し、今年度の研究進捗状況はやや遅れていると自己判断した。
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今後の研究の推進方策 |
キラル環状TADF分子の光学特性評価に向けて、今年度中に合成したボロン酸エステル(B(pin))を置換基として有するBN含有モノマーユニットを用いた環化反応およびキラルHPLCを用いた精製・単離を行い、目的の(P/M-)-(20,4)環状多重共鳴型TADF分子を2024年度中の早い段階で得る予定である。計画通りにターゲット分子が得られれば、円二色性および円偏光発光スペクトルの測定・解析を行い、非対称性因子を算出する。また、実測より得られた非対称性因子を基に,量子化学計算より見積もった遷移電気/磁気双極子モーメントの大きさを検証し,環状分子構造による遷移磁気双極子モーメントの増強効果に関して詳細に解析する。さらに、(5,1)のベクトルで表されるモノマーユニット中の多重共鳴構造が異なる(P/M-)(20,4)-キラル環状TADF分子の合成も並行して進め、モノマーユニットの分子構造が遷移電気/磁気双極子モーメント、および、非対称性因子にどのように影響を与えるかについても詳細に調べる。
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