研究課題/領域番号 |
23K18189
|
研究機関 | 熊本大学 |
研究代表者 |
杉本 幸彦 熊本大学, 大学院生命科学研究部(薬), 教授 (80243038)
|
研究期間 (年度) |
2023-06-30 – 2025-03-31
|
キーワード | エンドカンナビノイド / オキシトシン / 母性行動 / 不安 / 海馬 / アシル転移酵素 |
研究実績の概要 |
ω6優位な大豆油とω3優位な亜麻仁油をそれぞれ唯一の脂質源とする餌をマウスに与え、大豆群と亜麻仁群で生殖能や育児行動に差が見られるか調べた。その結果、排卵から分娩までの生殖過程に両群間で差は見られなかった。一方、大豆群の産後母マウスは正常に育児行動を示したが、亜麻仁群の産後母マウスは、不安が亢進し、育児を放棄することを発見した。オキシトシン(OT)は母性と愛情を規定するホルモンで、非妊娠メスマウスに外因性に投与することで、育児行動を惹起できる。実際、大豆群メスにOTを投与すると育児行動が誘導されたが、亜麻仁群では本OT作用が減弱していた。内因性カンナビノイド(CB)もまた育児行動を規定することから、脳内2アラキドノイルグリセロール(2AG)量を解析したところ、亜麻仁群の2AG量は海馬でのみ大豆より減少していた。種々の解析結果から、大豆や通常食の多価不飽和脂肪酸(PUFA)摂取条件では、海馬をOTで刺激すると2AG産生が亢進し、これがCB1受容体を介してOT応答を増強することで脱分極を引き起こし、不安抑制と育児行動を促すものと考えられた。亜麻仁群では、ω3脂肪酸がアラキドン酸のリン脂質取込を阻害するため、アラキドン酸含有リン脂質と2AG量がともに減少し、CB1受容体を介したOT応答増強作用が減弱したために、育児放棄と不安亢進に陥るものと考えられた。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
海馬におけるエンドカンナビノイド(CB, 2AG)産生に関わる酵素同定のため、種々の実験系を試していたが、電気生理学的な解析に使用する海馬スライス灌流系において、オキシトシン刺激により2AG産生が亢進することを発見した。従って、本実験系において、種々の酵素阻害剤や遺伝子ノックダウンの効果を調べることが可能となり、CB産生に関わる責任酵素同定への道が拓けた。さらに東大院薬・青木研の可野先生と共同で、MSイメージングの手法を用いてアシル転移酵素の活性を測定系を確立中であり、本酵素によるアラキドン酸のリン脂質への転移がω3脂肪酸EPAで阻害されるかを調べたいと考える。
|
今後の研究の推進方策 |
代表者は、上述の方法により、産後母の育児と不安を司る海馬での2AG合成に関わる責任酵素(PC特異的なホスホリパーゼC)を解明し、その活性を特異的に賦活化すれば育児放棄や産後鬱の予防・治療に有効な標的となると考えた。さらに、ω3脂肪酸優位がアラキドン酸含有リン脂質の低下を引き起こすことから、海馬でω6脂肪酸をリン脂質に導入し、ω3脂肪酸で阻害される責任アシル転移酵素を同定し、ω3脂肪酸が毒性を発揮する機構を解明すれば、善玉作用を企図したω3脂肪酸製剤の安全性と有効性を確保できる。さらに上記で同定した酵素群、あるいは2AG分解に関わるモノアシルグリセロールリパーゼ(MAGL)のヒトSNPsを調べ、酵素活性や発現量と相関するSNPsを同定し、ヒトでも2AGレベルの低下が育児放棄や産後鬱の原因となりうる可能性を探りたい。
|
次年度使用額が生じた理由 |
人件費が当初の見積額よりも下回ったため。
|