研究課題
本研究課題では、質量顕微鏡(IMS)データから算出される情報エントロピー(Shannon entropy)とパーシステントホモロジー(PH)を用いて、目視により得られる形態情報とは異なる空間領域の特徴を捉える“分子情報イメージング”技術を確立することを目指している。令和5年度は、マウス腎組織切片のIMS計測を行い、切片上の異なる複数箇所(xi, yi){i = 1, 2, 3,…}について1辺ε個のピクセルからなる領域(ビンサイズ=ε)を設定し、情報エントロピー = H(xi,yi)の変換値であるパープレキシー(perplexity)=PP(xi, yi)= 2^H(xi,yi)値を算出した。その結果、logεとPP(xi, yi)値との間の傾き=kiについて、箇所iによる違いがε>5で顕著に現れることを見出した。生体組織における特徴のある領域をPHを用いてイメージングする新しい手法として、論文に報告した(Xu L. et al. Phys Rev E, 2024)。位相幾何学(トポロジー)的な手法であるPHについては、まずはシンプルなモデルとして培養細胞の蛍光画像を用いて検証した。「特定の強度値を持つピクセルを境界とする穴(低強度値領域)」について、強度値の閾値を変化させた時の穴の生成(birth)と消滅(death)をプロットしたPH図を作成した。その結果、細胞間コミュニケーションに関係するUBL3を発現させた細胞とそうでない細胞との間で、神経変性疾患関連タンパク質であるα-シヌクレインに関するPH図に違いがあることを見出した。その生物学的意義については考証中であるが、UBL3がα-シヌクレインの細胞内分布に対してトポロジカルな作用を及ぼすことが明らかになった。
1: 当初の計画以上に進展している
現在までに、本研究課題に必要とされる生体試料のIMS計測ならびにデータ解析環境の構築は終えている。令和5年度の時点で、情報エントロピーを用いた分子情報メージング技術の実用例として、動物組織切片のIMSデータからビンサイズとパープレキシー値との間の傾きを特徴量として抽出することにすでに成功したことは、本研究課題の目的である「従前の組織染色像やマススペクトルピークをイメージングしただけの画像からでは認識できない構造階層を捉える」ための基盤技術確立に十分に寄与するもので、論文報告に至ったことから当初の計画以上に進展していると言える。また、PHについても、蛍光シグナルを捉えた培養細胞のイメージングデータを用いたモデル系を用いて解析手法を確立し、さらに生体分子機能を評価するに至っている。この成果について関連する学会(分子生物学会)で報告しており、当初の計画以上であった。
令和6年度では、IMSデータを用いたPH解析技術を確立する。培養細胞を用いた蛍光イメージングでタータと比較して情報量が格段に多いIMSデータのPH解析を推進するために、情報エントロピーを活用する。即ち、特定のm/zピーク強度値に着目するのではなく、ピクセルごとのマススペクトルデータ(多数のm/zピーク強度値)を情報エントロピーで次元削減(情報集約)し、その情報エントロピーの閾値θを変動させることで穴のbirth[θ]とdeath[θ]を計測し、PH図を作成する。対象とする試料には、生後1ヶ月齢から34ヶ月齢のマウス脳組織を用いる。PH解析の評価をし易くするために、月齢に応じて3グループに分け、月齢に応じたbirth[θ]とdeath[θ]の値およびPH図を比較する。全領域のみならず大脳皮質のような特定の脳領域に限定したPH解析についても行い、脳領域と加齢の関係について検証する。これらの研究について成果報告ならびに研究推進のための情報収集を関連する学会(国際生物物理学会)で行う。
すべて 2024 2023
すべて 雑誌論文 (16件) (うち査読あり 16件、 オープンアクセス 16件) 学会発表 (5件) (うち招待講演 4件)
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