研究課題
われわれは、これまでに、創傷治癒過程の血管新生では、血流に起因する内腔圧が上流側の損傷血管を拡張し、内皮細胞に伸展刺激を負荷することで、内皮細胞遊走および血管伸長を阻害していることを明らかにした。本研究では、本発見を基に、「腫瘍血管の内皮細胞に負荷される伸展刺激の低下が、腫瘍血管新生による異常血管形成の原因」との仮説の検証を通して、がん病態における新たな概念の提唱を目指した。腫瘍血管では、血管透過性の亢進により、間質圧が高くなり、内皮細胞に負荷される伸展刺激が減弱していると考えられる。そのため、腫瘍血管の透過性を抑え、内腔圧を高めることができれば、腫瘍血管を正常化できると考えられる。そこで、血管透過性の制御機構について研究し、腫瘍血管において同機構が破綻する機序について解析を行った。その結果、正常組織では、血流に起因するシェアストレスが三量体G蛋白質Gsを活性化し、サイクリックAMP(cAMP)を産生すること、また、このcAMPがEpac1を介してRasファミリー低分子量G蛋白質の一つRap1を活性化し、Vascular endothelial-cadherin接着を強め、血管透過性を低い状態に維持していることが示された。これまでに、腫瘍血管ではcAMPシグナルが低下していることが報告されている。これら知見から、Rap1を基軸とした血管透過性制御シグナルの破綻が、腫瘍血管の内腔圧を低下させ、異常血管を形成している可能性が考えられる。また、血管新生における内腔圧の重要性について解析を行った。その結果、内腔圧は創傷時血管新生だけでなく、発生時の腸血管の形成にも重要であり、同機構が破綻すると血管リモデリング不全により異常血管が形成されることが分かった。このことから、腫瘍血管の形成にも、内腔圧の低下が関与する可能性が示唆された。
2: おおむね順調に進展している
本年度は、腫瘍血管において、血管透過性が亢進し内腔圧が低下している原因を探るため、血管透過性の制御メカニズムを明らかにするとともに、腫瘍血管において同機構が破綻するメカニズムについて研究を行ない、一定の成果を得た。さらに、血管新生における内腔圧の役割について解析を行い、内腔圧は創傷治癒における血管新生だけでなく、発生期の血管新生においても重要な役割をしており、同機構の破綻により異常血管が形成されることを明らかにした。本知見は、腫瘍血管新生による異常血管の形成には、内腔圧の低下が関与する可能性を示唆している。以上を総合的に考え、「おおむね順調に進展している」との自己評価にした。
今後、免疫不全ゼブラフィッシュを用いたヒト癌細胞移植モデルを利用し、腫瘍血管の透過性が亢進し、内腔圧が低下しているか確認する。また、正常組織の内皮細胞と腫瘍組織の内皮細胞の性質の違いを明らかにするために、シングルセルRNAシークエンスを実施する。また、本年度、Rap1を基軸とした血管透過性制御シグナルの破綻が、腫瘍血管の内腔圧を低下させ、異常血管を形成している可能性を示した。そこで、今後、Rap1活性化剤である007投与によるRap1シグナルの人為的な活性化やVascular endothelial growth factor阻害剤が、血管透過性を抑制することで、腫瘍血管を正常化するか検討を行う。この際、血管透過性の低下が腫瘍血管の内腔圧を上昇することで、血管を正常化しているか調べる。また、Rap1シグナルの活性化により腫瘍血管の正常化が誘導されたら、化学療法や免疫療法に与える効果を検討する。具体的には、007やVEGF阻害剤投与による腫瘍血管の正常化が、抗がん剤(フルオロウラシルなど)や免疫チェックポイント阻害剤(抗PD-1抗体)のがん治療効果を増強するか検討する。
2023年度前半に実施した実験結果をもとに、2024年度に当初予定していなかったシングルセルRNAシークエンス解析を実施することにした。本実験は非常に高価な試薬が必要なため、2023年度に購入予定であったサーマルサイクラーの購入を取り止めるとともに、その他の消耗品の購入も控え、次年度に使用することにした。また、実験補助員を雇う予定であったが、適任者が無く採用を見送った。従って、2024年度には、2023年度分の使用額を利用して、シングルセルRNAシークエンス試薬を購入し、実験を行う予定である。
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