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本研究は、中世国家成立期に当時の貴族層が自らを取り巻く現象的・観念的世界の構造をいかに認識し、それを叙述したのか、検討することを目的とした。 最終年度である令和6年度は、慈円が仮名書きで書いた歴史書『愚管抄』と、歌集『拾玉集』の写本調査を行い、慈円の言語認識と、その認識から成り立つ歴史叙述に関する問題を検討した。これまで正史は「真名」である漢字で書かれたものが六国史以来の記述方式であったが、慈円は仮名書きでも歴史叙述は成り立つことを『愚管抄』にて論じている。その慈円の歴史叙述方法について、現存する『愚管抄』の写本と、慈円の言語認識が表れる和歌論が記された『拾玉集』の写本調査を具さに行い、『愚管抄』は中世初期における「特異な」歴史書ではなく、当時の言語認識のありようが反映された、古代から中世の過渡期における歴史哲学が論じられた書物であることが明らかになった。この成果を現在、学術論文に投稿すべく準備している。 さらに本研究期間全体を通じての成果を見通すものとして、この中世初期にみられた歴史叙述、歴史認識の問題は、時代の転換期に顕著に見られたものだと推察している。自らを取り巻く世界の構造、つまり「日本」との意識が当時、中世貴族層の意識の中に生じた背景には、貴族社会の変化、内乱からの武士政権の成立などの要因が重なったものであった。この意識を調査することは、日本における歴史叙述や歴史認識の問題に通底するものだと思われ、その調査範囲を中世初期に限らず検討を続ける予定である。
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