研究課題/領域番号 |
23K18840
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研究機関 | 大妻女子大学 |
研究代表者 |
佐藤 信吾 大妻女子大学, 社会情報学部, 講師 (50983285)
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研究期間 (年度) |
2023-08-31 – 2025-03-31
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キーワード | 集合的記憶 / アジア・太平洋戦争 / ジャーナリズム / メディア実践 / アーカイブ行為 / デジタル・アーカイブ |
研究実績の概要 |
2023年度は①アーカイブ行為論に基づくアジア・太平洋戦争の記憶の構築に関する研究と②メディア経験・実践論と記憶の社会学の接合に関する研究の二つの軸で研究を進めてきた。 ① アーカイブ行為論からアジア・太平洋戦争の記憶の構築に関する研究:アーカイブ行為論の理論的な視座をNHK戦争証言アーカイブの分析に応用し、アジア・太平洋戦争の記憶の構築過程におけるアーカイブ行為の意義と重要性を検討した。採択前の6月に国際学会(IAMHIST2023:モントリオール)で発表した内容と、そこで得たフィードバックをもとに分析を進め、とりわけアーカイブを使うという観点から検索や閲覧といった実践の可能性を論じた。検索や閲覧という実践は、アーカイブに規定されながらもアーカイブの中の「記憶の痕跡」に新たなつながりを与えていく。本年度はNHKの元記者やディレクターへの追加調査なども行った。またマニラでのフィールドワークを通じて、実際にアーカイブ化されている証言と現地の反応のギャップについても理解できた。この成果については、来年度の学会発表及び論文執筆を予定している。 ② メディア経験・実践論と記憶の社会学の接合に関する研究:これまで取り組んできたジャーナリズム実践論と記憶の社会学の架橋に加えて、2023年度はロジャー・シルバーストーンやニック・クドリーのメディア経験・実践論を集合的記憶論と接合する理論的な視座の提示を試みた。従来のメディア記憶論では、人々のメディア実践による記憶の構築という観点が後景化してきた。そこで、ピエール・ノラの「記憶の場」やポール・コナトンの記憶の社会学を記憶実践論として再評価し、一連の流れをメディア論への応用によって、メディア記憶論を発展させる方途を示した。この理論研究については、今後も研究を発展させていく。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
2023年度は、アジア・太平洋戦争の記憶をメディア経験・実践論の観点から考察する研究計画を立てていたが、以下の二点について当初の計画以上の進展があった。 ① メディア実践の中でもアーカイブ行為に焦点を絞ることで、「戦後80年」が迫る現代社会を反映したアジア・太平洋戦争の記憶論の展開の可能性がひらけた。従来のアーカイブ行為論は、アーカイブを組み立てるアーキビストに着目したものが多かったが、本研究ではアーカイブを用いる人々が記憶を立ち上げていく過程に着目することで、アーカイブ論の射程を広げるとともに、デジタル・アーカイブが記憶の源泉となる現代社会を的確に捉えることが可能になった。またマニラでのフィールドワークを通じて、NHK戦争証言アーカイブスに保存されている語りにおいて不可視化されているマニラ市街戦の記憶についても検討を深められた。この研究成果は、2024年度4月に開催される国際学会(ASEN2024:エディンバラ)で発表することが決まっている。 ② 記憶の社会学を応用することでメディア経験・実践論に基づくメディア記憶論を理論的に発展させる研究は、計画通り概ね順調に遂行されている。記憶の社会学では、これまでメディア実践論をふまえた議論が展開されてこなかった。本年度は専門書の読解と研究会でのディスカッションを通じて、両者を接合する方法を検討してきた。具体的にはニック・クドリーの研究全体の検討を概ね終了し、さらにピエール・ノラとポール・コナトンの研究および両研究を論じた先行研究の検討を八割程度完了した。
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今後の研究の推進方策 |
2024年度は2023年度の積み上げを学会発表を通じて国際的に発信すること、そして論文として公刊することを目標にする。 まずアーカイブ行為論からアジア・太平洋戦争の記憶の構築に関する研究については、4月のASEN2024(受理済)および11月の東アジア日本研究者協議会第8回国際学術大会(要旨提出済み)にて発表する。そこで得たフィードバックをもとに2024年度中に論文としてまとめ、学会誌(デジタル・アーカイブ学会もしくは日本社会学会)への投稿を目指す。この研究成果は、デジタル・アーカイブ論をアーカイブ行為という観点から再検討することとともに、アジア・太平洋戦争の記憶の構築をアーカイブと結びつけて論じることを可能にする。これは日本におけるアジア・太平洋戦争の記憶研究およびアーカイブ論の双方に学術的なインパクトがあると考える。 次にメディア経験・実践論と記憶の社会学の接合に関する研究については、理論的な検討を実証的なフィールドと結びつけて論文化することを目指す。具体的にはジャーナリストやアーキビスト、市民運動家へのインタビューを通じて、人々がどのようにメディア実践を行っているのかを実証的に明らかにする。そして2023年度に概ね完了した文献研究の成果と接合することで、メディア実践によるメディア記憶の構築過程をまとめた論文を"New Media and Society"(IAMCR)に投稿する予定である。メディア実践論はメディア論の中でも新しい議論であり、これを記憶の社会学と接合する視点は世界的に見ても少ない。この理論研究は日本だけでなく、世界的にも意義のあるアウトプットになると考えている。
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次年度使用額が生じた理由 |
当初はアーカイブ行為論による記憶の構築に関する国際学会での発表を2023年9月のPoSoCoMeS Conferenceにて行う計画を立てていたものの、他の研究者からの助言を踏まえて2024年4月のASEN2024にて発表するという計画に変更したため。前者はポストコロニアリズムに記憶を位置づける学会だったが、後者はナショナリズム論と接合するものであり、アーカイブ行為による集合的で国民的な記憶の構築を議論するためには後者の方がより適切であるという助言を複数の研究者からもらった。この意見を踏まえて、2023年度中にASEN2024へのアブストラクトの提出を完了し、無事に発表が採択されたため2024年度使用額として計上した。
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