研究課題/領域番号 |
23K19037
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研究機関 | 慶應義塾大学 |
研究代表者 |
林 宏樹 慶應義塾大学, 理工学研究科(矢上), 助教 (30983861)
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研究期間 (年度) |
2023-08-31 – 2025-03-31
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キーワード | 軌道ポンピング / 軌道流 / 逆軌道ホール効果 / スピントロニクス |
研究実績の概要 |
本年度は本研究の主目的である軌道ポンピングの観測を目指した。強磁性体の磁化が歳差運動することで強磁性体からスピン流を取り出せることが約20年前から知られている。これをスピンポンピングと呼ぶ。本研究では磁化の歳差運動から軌道角運動量の流れである軌道流を取り出すことを目指している。この現象が存在していれば、軌道ポンピングである。また軌道ポンピングは、軌道トルクと逆過程の現象であることが、現象の対称性からわかる。軌道トルクとは、常磁性体/強磁性体二層膜において、まず常磁性体中で電流-軌道流変換現象である軌道ホール効果によって生成された軌道流が強磁性体注入される。注入された軌道流は強磁性体中のスピン軌道相関によって磁化にトルクを与える。このことから、軌道ポンピングを観測するデバイスとして、軌道トルクが観測されているサンプル構造が最適である。サンプル構造は次の通りである。強磁性体はスピン軌道相関が大きな材料であるニッケル(Ni)を使用した。また、参照サンプルとしてスピン軌道相関が小さい鉄(Fe)も用いた。次に、注入された軌道流は常磁性体中で逆軌道ホール効果によって電流に変換される。これに適しているのがチタン(Ti)である。チタンが巨大な軌道ホール効果を発現することは軌道トルクの実験から明らかになっている。またチタンは電流-軌道流変換効率と電流-スピン流変換効率が逆符号であることから、スピン流と分離することが可能である。実際にTi/Ni二層膜を作成し、微細加工を行い、強磁性共鳴測定を行った。Ti/Ni二層膜がTi/Fe二層膜よりも有意な電圧信号を示した。さらに、面内磁場角度依存性とTiの膜厚依存性から軌道ポンピングであることを裏付ける結果を得た。この成果を基に論文投稿中である(arXiv:2304.05266(2023))。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
常磁性体/強磁性金属薄膜系における磁化の歳差運動による常磁性体層への軌道ポンピングに関する研究を行った。そして、常磁性体層としてチタン(Ti)、強磁性体層としてニッケル(Ni)を用いて軌道ポンピングの観測に成功した。以下に具体的な進捗状況を述べる。 【試料作成】高周波スパッタリング法を用いて、常磁性体(Ti,白金:Pt)/強磁性体(ニッケルと鉄:Fe)の二層膜を成膜し、フォトリソグラフィー法とアルゴンイオンミリング法を用いて微細加工を行い、デバイスを作成した。Tiの膜厚が異なるサンプルを複数用意した。スピン流の参照サンプルとしてPt/Fe二層膜を準備した。 【測定】強磁性共鳴法(FMR)を用いて、強磁性体中から常磁性体中に注入される軌道流を逆軌道ホール効果によって電圧信号として観測した。電圧信号にポンピング由来以外の効果を取り除くために、FMRの面内磁場角度依存性の測定を行った。また、軌道ポンピング効率を定量するために、FMR時に吸収される電磁波の大きさをベクトルネットワークアナライザーで測定を行った。 【結果・考察】Tiに接合する強磁性体の種類に応じて、ポンピング効率が100倍以上異なった。また符号は、Pt/Feを参照サンプルとすると、Ti/Niにおけるポンピング効率の符号がスピン流では説明できないことが判明した。さらに、Ti/Ni界面由来であることを取り除くために、Tiの膜厚依存性の測定を行った。これを軌道ポンピングと逆軌道ホール効果を考慮したモデルを構築して、データを解析すると軌道拡散長が約5nmであった。これまでの結果から、軌道ポンピングの観測に成功し、計画以上に進展している。
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今後の研究の推進方策 |
強磁性体中のダイナミクスによって接合する常磁性体中に軌道流を注入する現象である軌道ポンピングに関して精力的に研究を行った。その結果、Ti/Ni二層膜において、軌道ポンピングが逆軌道ホール効果を利用することで観測に成功した。今後の方針では、軌道トルクが観測されているタングステン(W)においても軌道ポンピングの観測を目指す。この材料はTiと異なり大きなスピンホール角を有している。そのため、Wの膜厚を変えて測定することでスピンポンピングと軌道ポンピングのクロスオーバーの観測が期待できる。 一方で、軌道トルクと軌道ポンピングによって軌道流の特徴である軌道拡散長が本研究と先行研究で10倍ほど大きさが異なることが明らかになった。これは、常磁性体中の軌道ホール効果によって生成された軌道流の輸送と軌道ポンピングで常磁性体中に注入された軌道流の輸送においてメカニズムが異なることを示唆する。この事実が確かなものとするために、他の実験方法でも軌道拡散長が順変換と逆変換で異なることを明らかにする。実験候補として、一軸性軌道ホール磁気抵抗効果(軌道ホール効果由来の磁気抵抗)と軌道ホール磁気抵抗効果(逆軌道ホール効果由来の磁気抵抗)が挙げられる。 これまでの研究は遷移金属強磁性体を用いていたが、スピン-軌道相関が大きいことが期待される希土類金属を強磁性体として用いて高効率な軌道流生成を狙う。さらに、これまでの研究では軌道流の生成や検出に金属を用いていた。スピン流の類推で軌道流においても絶縁体を利用した軌道流輸送を調べていく。具体的には希土類鉄ガーネット(R3Fe5O12)を用いる。具体的には複数の希土類元素を変えて、結晶を作成しその上に軌道ホール効果が大きいTiやWを成膜し、軌道流輸送測定を行う。これによって、金属-絶縁体間で軌道流輸送が可能かどうかを調べる。
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次年度使用額が生じた理由 |
当初行く予定であった学会に不参加になったために生じた。これを次年度の物品費として使用する。
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