研究実績の概要 |
造血幹細胞移植では骨髄に到着(ホーミング)できた少数の造血幹細胞(Hematopoietic stem cells, HSC)が、レシピエント骨髄に生着し血液細胞システム全体を再生・置換する。この過程には血管内皮細胞に発現するセレクチンやHSCに発現するインテグリン等の接着分子(Frenette et al., PNAS, 1998 ; Peled et al., Blood, 2000)および、主に間葉系幹細胞から放出される遊走性ケモカインCXCL12とその受容体CXCR4(Kollet et al., Blood. 2001)等が関与することが報告されている。しかし、骨髄固有のホーミング制御機構には未だ不明な点が多く、ホーミングを改善する治療法は存在しない。 本研究ではこれまで看過されてきた物理化学的因子である「ずり応力」に着目して、検討を進めてきた。これまでの研究結果から、ホーミングを促進する新規因子として骨髄侵害受容神経を見出した。骨髄侵害受容神はCalcitonin gene-related peptide(CGRP)を放出することが知られている。侵害受容神経の薬理学的障害マウス、遺伝学障害マウス、CGRP受容体のantagonistを用いることで、骨髄侵害受容神経に由来するCGRPが動脈を拡張することで、下流の類洞血管における血流・ずり応力が増加し、増加したずり応力が造血幹前駆細胞のホーミングを促進していることが分かった。 類洞血管内皮細胞におけるどのような分子が「ずり応力」を感知してHSCのホーミングを促進するか、RNA-seqやqPCR解析をすることで探索をしている。また、骨髄侵害受容神経を活性化してCGRPを増加させたり、上記の解析で同定した類洞血管の分子を活性化させることで、ホーミング効率、移植後の末梢血回復や生存という「生着」が改善するか、検討している。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
機械受容イオンチャネルPiezo1は血流の増加を感知し活性化し、類洞血管内皮細胞間の結合が弱まることで、好中球の血管から腹腔内への遊走が促進されることが知られており(SP Wang et al., Blood. 2022)、HSCにも同様の機序が働いていることを予想した。まず、骨髄間質細胞および血液細胞の公共scRNA-seqデータ(GSE128423, GSE175702)を統合再解析して、マウスの全骨髄細胞分画を含むscRNA-seqデータを作成した。このデータを用いてPiezo1の発現を調べると、類洞血管内皮細胞で最も発現が高かった。また、qPCRでも同様の結果であることを確認した。さらに、CGRP受容体の構成成分であるRamp1の発現を調べると、免疫染色で確認した結果と同様に動脈平滑筋での発現が確認された。 Piezo1のアゴニストであるYoda1を投与すると、ホーミング効率が改善することを見出した。遺伝的侵害受容神経障害モデルマウスであるNav1.8-Cre+::DTA+マウスでは、移植後のホーミング効率および生着能が低下しているが、Yoda1を投与すると部分的にレスキューされることが分かった。また、wild typeマウスがYoda1投与後に移植を受けると、ホーミング効率が増加することが分かった。以上とこれまでの検討結果から、マウスモデルを用いて、1. 侵害受容神経がCGRPを産生し動脈を拡張し、2. 動脈の拡張が下流の類洞血管における血流・ずり応力を増加させ、3. 類洞血管内皮細胞に発現したPiezo1が活性化し、4. 類洞血管内皮細胞間のバリアーが弱まることで、移植されたHSCのホーミングが促進されることが見出された。また、Piezo1アゴニストを移植前に投与することでホーミング効率が増加することが分かった。
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