研究課題/領域番号 |
20H01341
|
配分区分 | 補助金 |
研究機関 | 国立民族学博物館 |
研究代表者 |
松本 雄一 国立民族学博物館, 人類文明誌研究部, 准教授 (90644550)
|
研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2025-03-31
|
キーワード | 古代文明 / アンデス文明 / 考古学 / 公共祭祀建造物 / モニュメント |
研究実績の概要 |
当該年度はコロナ禍における繰り越しを経て前年度に行った、ペルー共和国アヤクチョ県ビルカスワマン郡に位置する形成期(紀元前3000-紀元前後)の神殿、カンパナユック・ルミ遺跡の出土遺物の分析作業を行った。発掘調査によって、同遺跡最古と思われる石造基壇から、神殿の機能停止後の居住域に至るまで、前1000-200年に対応すると想定される遺構が出土したため、これまで不十分であった長期にわたる遺物の様式的変化と建築シークエンスの対応関係を検討することができた。 神殿中央基壇内に位置する遺跡における最古の公共建築(紀元前1000年前後)にともなう土器を分析し、その様式が在地的なものであることを確認した。この地域に神殿の出現を促した北の大神殿チャビン・デ・ワンタルの影響が、その当初は遺物様式には反映されていないことを実証的に示すことができた。また、神殿外縁部に位置する廃棄物の集積は、前800-500年頃に対応し、儀礼行為の残滓が意図的に集められたものであることが明らかとなった。チャビン・デ・ワンタルをはじめとする数百㎞以上離れた複数の地域の土器様式が併存しており、大量の動物骨が伴うことから、饗宴を伴う儀礼が地域間交流に大きな役割を果たしたことが想定される。また、居住域の遺物は、これまで不明であった神殿の機能停止後の遺物様式の変化を明らかにし、遺跡編年を300年以上拡張するに至った。 出土遺物に関して写真撮影と図面のデジタル化を進め、今後の比較研究のための基礎的なデータを得ることができた。また理化学的分析に関して、また、同位体分析のサンプルの抽出を行い、胎土分析を行った。胎土分析の結果、明確な様式的多様性に関わらず、精製土器のすべてが在地で生産されたことが示唆され、土器製作と地域間交流をめぐる従来の搬入仮説を再検討する必要性が浮かび上がった。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
2022年度の発掘調査においては想定を超える大量の遺物が出土したが、ペルーにおいて集中的な整理・分析作業を行うことで、本研究の基礎となるカンパナユック・ルミ遺跡の編年を精緻化し、地域間交流の実態を把握する手がかりを得ることができた。特に大量に出土した土器の分析を通じて、在士様式の土器に関してその編年的位置づけを確定できたことは大きな意味を持つ。これによって、これまで散発的な報告のみが知られているペルー中央高地南部の遺跡を関連づけ、地域編年案を提示することが可能となった。 また、同遺跡の北600㎞に位置するチャビン・デ・ワンタルの影響を直接的に示す土器は、神殿が機能を停止した後の居住域からは出土しないことが確認され、中央高地南部におけるチャビン現象の時間幅を特定する見通しが得られた。土器の胎土分析からは、形成期全体を通じて在地的な制作の在り方が示唆される結果となった。カンパナユック・ルミ遺跡から出した土器が、ペルー中央高地南部を超えて、南海岸や北海岸、北部高地など多様な遠隔地の様式を示すことを考慮すると驚くべき結果であり、従来想定されていた精製土器の搬入と祭祀センターへの巡礼システムを単純に関連付ける論に見直しを迫ることとなった。 遺物の様式的な変化と理化学的出法と関連づけて分析をする作業が進展しており、チャビン・デ・ワンタルからのトップダウン的な視座から論じられることが多かった「チャビン問題」に関して、在地社会の役割が重要であったことが実証的に明らかになりつつある。また、新たに神殿が機能した後の社会に関するデータが得られたため、遺跡編年を拡張し、神殿の成立から崩壊に至る過程を通時的に考察することが可能となった。「チャビン問題」に関しては、そのシステムの崩壊が地域的なデータから論じられることが少ないため今後の論に組み込むことが重要である。
|
今後の研究の推進方策 |
カンパナユック・ルミ遺跡から出土した遺物の様式的分析と、同遺跡において新たに確認された神殿及び住居址における建築シークエンスとの対応関係は明らかとなったが、現時点では絶対年代データを得ることができてはいない。すでに層位的な位置づけが確かな測定サンプルの抽出は済んでいるため、年代測定を行って遺跡編年を精緻化する必要性がある。また、新たに拡張された遺跡編年を用いてペルー中央高地で散発的に報告されている同時代の遺跡のデータを結び付け、地域編年の提示を行うことが必要であろう。 現時点では、ペルー中央高地南部において遺跡編年がある程度確立し遺物の包括的な分析が行われている形成期神殿はカンパナユック・ルミ遺跡のみである。遺跡単位の議論を当該地域における複合社会の出現へと発展させ、汎地域的な地域間交流を核とする「チャビン問題」と関連づけるためには、同じ地域と時代を共有する遺跡を発掘して、その物質文化を比較する必要がある。この点で適切なのはアヤクチョ県チアラ郡に位置するチュパス遺跡と考えられる。1960年代に発掘された同遺跡に関しては十分な情報が存在しないが、出土した土器からやはりチャビン・デ・ワンタルの影響下に出現した神殿遺跡と考えられており、カンパナユック・ルミ遺跡に比べて建築の規模が小さい。 チュパスとカンパナユック・ルミが神殿としてどのような関係にあり、両者が同時代におけるアンデス全域の地域間交流の問題、すなわち「チャビン問題」のなかにどのように位置づけられるのか。チュパス遺跡において、建築シークエンスと絶対年代を組み合わせた遺跡編年を確立し、その編年を遺物の様式的な考察及び原産地同定の結果と共にカンパナユック・ルミと比較する必要がある。
|