研究課題/領域番号 |
20H01841
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配分区分 | 補助金 |
研究機関 | 奈良先端科学技術大学院大学 |
研究代表者 |
松下 智裕 奈良先端科学技術大学院大学, 先端科学技術研究科, 教授 (10373523)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2025-03-31
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キーワード | 光電子ホログラフィ / 原子分解能ホログラフィ / 原子像再構成理論 / 層状半導体 / インターカレーション / ドーパント / 元素別局所構造解析 |
研究実績の概要 |
光電子ホログラフィは物質中のドーパント(不純物)周辺の立体的な原子配列を測定できる新たな方法として注目されている。ドーパントを含む結晶にX線を当てると、ドーパントから、光電子が放出される。光電子は周囲の原子によって散乱されるため、光電子の放出角度分布に干渉縞を生じる。この干渉縞が光電子ホログラムであり、ドーパント周囲の原子配列が記録されている。原理的にはホログラムから原子像再構成計算によって、原子配列の立体構造を得ることができる。この像再構成計算法の研究開発が重要である。光電子ホログラムからの原子像再構成理論として、研究代表者はSPEA-L1という機械学習理論のL1正則化を用いた方法を開発した。これはある程度の成功を収めているが、いくつかの問題点があることが分かっている。様々な実験条件にあわせて、多くのデータ加工操作が必要であること、像再構成時に散乱振幅が小さな原子の像が欠落すること、等である。これらの問題を解決するには、解析理論を研究し、多くの実測データに適用して性能を確認する必要がある。光電子ホログラムの実験データ取得と解析ソフトウエアの新開発に向け、本年度は試料作成環境の整備とホログラムの計測を行った。測定条件をコントロールしやすいサンプルとして、層状半導体にLiなどを蒸着によってインターカレーションするタイプの試料を用いる。Liの蒸着源、層状半導体WS2を準備して、蒸着テストを行った後、SPring-8にて2020B期にて実験を行った。実験ではWS2のホログラムの取得に成功した。また蒸着したLiのホロラムも計測し、一次解析の結果、Liインターカレーションをしている状態であることが分かってきた。これは日本物理学会にて報告している。インターカレーションしたLiの原子位置がおおよそ確定できたが、今後は開発する理論を用いることで精緻化を図っていく予定である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
新しい像再構成理論の構築に向け、多くの光電子ホログラムを実測する必要がある。今年度はWS2および、LiをインターカレーションしたWS2の光電子ホログラムの計測に挑戦した。用いた装置は研究代表者が発明した阻止電場型電子エネルギー分析器(RFA)である。±45°の光電子ホログラムを一度に投影でき、角度分解能・エネルギー分解能がともに高い、画期的な電子アナライザである。(これはSPring-8 BL25SUに設置している) ハンドメイドであるため、測定ソフトも研究代表者が開発している。本年度も測定ソフトウエアのアップデートなどを経て、詳細な光電子ホログラムの計測に成功した。ところで、光電子の内殻準位は元素の価数によってケミカルシフトする。得られた内殻光電子スペクトルをピーク分解すると、ドーパントの価数ごとに光電子ホログラムが得られ、それぞれの原子配列を決定できる強力な手法となる。詳細な解析の結果、RFAの装置感度に独特な構造があることが分かった。エネルギーに対する装置の感度曲線は、単純なガウス関数ではなく、負のガウス関数を含んだ、複数のガウス関数によって構成されることが分かってきた。これはピーク分解計算の高精度解析に大きな影響があることが分かった。この装置の感度曲線の詳細解析を行い、これに対応できる専用のピーク分解のソフトウエアを研究・開発することに成功した。これを用いて、実験で得られたWS2とLiをインターカレーションしたWS2のホログラムを解析し、現在の理論SPEA-L1による像再構成により原子配列の同定を行った。この成果を3月の物理学会にて発表している。加えて、リバースモンテカルロ法による計算法の開発を進めている。この計算法自体の提案についても3月の物理学会で発表している。
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今後の研究の推進方策 |
2020年度は理論の開発に必要なデータセットをいくつか計測することに成功した。このデータセットは多いほど、理論を確かなものにすることができる。次年度以降も、さらに多くのホログラムの測定を計画している。既に2021A期のSPring-8のビームタイムを申請して、採択された。この利用申請では層状半導体MoS2の計測を行う予定である。また、2021B期の申請も予定している。ところで、2021年3月末にRFAのさらなる高エネルギー分解能化の為の改良を施し、これに成功した。反面、RFAの装置感度が大きく変化することとなった。対応する新しいピーク分解のソフトウエアを研究開発する必要があり、これを進めていく。また、現在はホログラムのバックグラウンド処理も複雑な手順を経る必要があり、熟練を要する。これを軽減することは光電子ホログラムを利用する研究者にとって非常に重要と考えている。これについても機械学習理論を導入することにより、自動化や省力化することに挑戦したい。さらに、この研究の最終目的である像再構成理論の高性能化については、1つの理論の候補であるリバースモンテカルロ法に着手しており、ある程度の手応えを得ている。実測の光電子ホログラムに適用して、像が改善されるかどうかの検討を進める予定である。そして、それを用いて、層状半導体のインターカレーションとインターカラントの原子配列についての研究も進めていく。
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