研究課題/領域番号 |
20H03751
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配分区分 | 補助金 |
研究機関 | 名古屋大学 |
研究代表者 |
山口 淳平 名古屋大学, 医学部附属病院, 病院准教授 (00566987)
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研究分担者 |
江畑 智希 名古屋大学, 医学系研究科, 教授 (60362258)
國料 俊男 名古屋大学, 医学部附属病院, 病院准教授 (60378023)
横山 幸浩 名古屋大学, 医学系研究科, 特任教授 (80378091)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2025-03-31
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キーワード | 膵癌 / 早期転移 / dormancy |
研究実績の概要 |
膵癌の根治には手術による切除が必要不可欠であるが、たとえ原発巣を切除し得ても遠隔転移の制御が困難な事がある。遠隔転移は原発巣切除後数年経過してから顕在化することが少なくない。しかし一方では、膵癌細胞はその発生初期に全身に播種をきたすともされる。この原発巣と遠隔転移発生の時期的な不一致性はtumor dormancyとして長年認識されてはいるものの、その原因と機序は未だ明らかではない。膵癌転移の形成については、前癌細胞が密かに遠隔臓器に生着して後に悪性となり転移が顕在化するというのが我々の仮説であり、本研究の目的は膵癌の早期転移とdormancの機序解明と、さらには後期遠隔転移発生予防のための新たな治療戦略の開発を目指すことである。 我々はこれまでの研究で、KCT、KCT/TFF1KO、KPCT、KPCT/TFF1KOマウス(それぞれ前癌早期、前癌後期、癌早期、癌後期に該当)を月齢3カ月でsacrificeして検討した。すると血液中の循環腫瘍細胞(CTC)および肝臓に転移した膵腫瘍細胞は前癌後期マウスに最も多く認められた。すなわち膵癌は悪性細胞として成熟する以前に全身に播種する事が確認されたと言える。また驚いたことに、肝臓に転移した腫瘍細胞は癌細胞としてではなく肝細胞として存在していることが判明した。つまりこれらの細胞は肉眼的にも組織学的にも転移とは認識できない特殊な状態であり、我々はこの隠れた転移を「stealth metastasis」と名付け、膵癌転移形式の知られざる一面を解明する事に成功したと考えている。さらに、このstealth metastasisは時間経過により真の転移巣として腫瘍を形成する事を確認した。すなわち早期播種とstealth metastasisがtumor dormancyの原因であることが明らかとなった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究の第一の目的は、膵癌においては遠隔転移を来すのは膵癌細胞ではなく膵前癌細胞であること、また遠隔転移を来した前癌細胞(良性転移)が他臓器において悪性転化することでいわゆる癌遠隔転移(悪性転移)が顕在化する、という仮説を証明することである。これが事実であれば、膵癌遠隔転移に対する治療法は根本的に覆される。例えば従来行われている術後補助療法は原発巣完全切除後の推定残存膵癌細胞に対する抗癌剤治療であるが、真に行われるべきは癌細胞に対する化学療法ではなく良性転移に対する悪性化予防療法であることが示唆され、この予防法を模索することが本研究の第二の目的である。 これらの目的のうち、第一の目的にある「遠隔転移を来すのは膵前癌細胞であること」および「良性転移が悪性転移へと移行すること」が既に証明された。しかもこの良性転移はstealth metastasisという特殊な転移形態を示すことが明らかとなり、膵癌転移のメカニズムにおける既存の理解に対して一石を投じることができたと考えており、これらの結果の一部を論文として報告した(Oncogene 2021;40(12):2273-2284)。 さらに検討を続けたところ、膵臓から肝臓への転移には腫瘍性変化すら必須ではないことが明らかとなりつつある。膵臓上皮細胞に蛍光標識のみを施したマウスの肝臓を詳細に観察すると、蛍光で標識された細胞が少なからず生着しているのが発見された。これは正常の膵上皮細胞が肝臓に転移することを示唆している。旧来の常識的には考え難いこの現象を「転移」と表現することには抵抗があるが、肝臓と膵臓の間で日常的に細胞の「移住」が行われていることは確からしく、悪性細胞の転移という現象はこの「移住」をベースとしている可能性があり、大変興味深い。
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今後の研究の推進方策 |
①正常細胞の移住が実際に行われているかを確認するために、あらたなマウスモデルを準備中である。これまで使用していたマウス(Pdx1-Cre/LSL-tdTomato)は生来から膵臓上皮細胞にtdTomatoが発現する遺伝子改変マウスであるが、発生段階になんらかの理由でtdTomato発現細胞が肝肝臓に混入してしまった可能性は否定できない。これを否定するために、inducible Creマウス(Pdx1-CreERT)を導入する。このマウスはタモキシフェンを投与した時点でtdTomatoの発現が導入されるため、成獣にタモキシフェンを投与して検討する事で発生段階の細胞混入の可能性を排除できる。またヌードマウスの膵臓にtdTomato陽性膵細胞を同所移植し、この細胞が肝臓に移住するかどうかも確認する。 ②細胞の移住が行われるとすれば、なんらかのトリガーが存在する可能性がある。例えば膵炎によって膵上皮細胞が脱落して門脈経由で肝臓に到達して生着する可能性もあれば、肝炎によって肝細胞が多数脱落した場合にこれを補填するために膵臓細胞が移住するという可能性もある。これを確かめるために上記マウスモデルに対してceruleinを投与して急性・慢性膵炎を惹起し、また一方でCDE食やCCl4を投与して急性・慢性肝炎を惹起する。その後門脈血および体循環血を採血してflow cytometryにより血中のtdTomato陽性細胞を同定する。同時に肝臓および肺のtdTomato陽性細胞の数・分布・増殖などを検討して細胞移住の詳細を明らかとする。
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