研究課題/領域番号 |
21H00573
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配分区分 | 補助金 |
研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
郭 南燕 東京大学, グローバルリーダー育成プログラム推進室, 特任教授 (30530505)
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研究分担者 |
中尾 徳仁 天理大学, 参考館, 学芸員 (10441437)
李 梁 弘前大学, 人文社会科学部, 教授 (20281909)
白石 恵理 国際日本文化研究センター, 総合情報発信室, 助教 (30816260)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2026-03-31
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キーワード | 土山湾工房作品 / パリ外国宣教会 / ド・ロ版画 / カトリックの信仰伝播 / イエズス会 / 東アジアの文化交流 / 聖具、聖画、聖像 / 上海徐家匯地域 |
研究実績の概要 |
令和4年度は、日本国内における上海イエズス会経営の土山湾工房製造の聖画、聖具、聖像の調査に集中した。コロナのため、九州の多くの教会がミサ以外は、一般公開をされないことが多く、本研究の進行にとっては、好ましくない状態でありつづけてきた。それでも、五島列島の三井楽教会及び資料館、佐世保の黒島天主堂、久賀島潜伏キリシタン資料館、長崎市伊王島のカトリック大明寺教会などを調査し、数々の土山湾作品の収蔵を確認することができた。 また、土山湾作品を模倣し、日本文化のイメージをふんだんに取り入れたことで有名な「ド・ロ版画」(1870年代制作)については、調査を進め、パリにあるパリ外国宣教会文書館に収蔵されたド・ロ神父の書簡(1870年代ー1880年代)の一部分を解読することができた。ド・ロ神父が土山湾工房作品を頻繁に注文し、日本に輸入しようとしたことや、当時のパリ外国宣教会が土山湾工房を頼りにしていたことがわかってきた。その書簡からは、土山湾工房の製造品が中国、日本だけではなく、ベトナムにも渡っていたことがわかった。これは土山湾工房作品を通して行われた東アジアの文化交流の一斑が見えてきたことで、重要な発見として考えられる。 さらに、ド・ロ版画を飾った天草の大江天主堂を調査し、日本人作家や研究者が天草の教会を訪れたことを記した文学作品を調べて、ド・ロ版画がどのように利用されていたのかを部分的に把握することができた。研究班(代表1人、分担者3人、協力者数人)は、東京大学本郷キャンパスにて、対面、ハイブリット、Onlineによる研究会を3回開催し、各自の研究成果について活発な意見交換を行うことができた。令和4年度の研究は、長崎大司教区の聖職者たちと信徒たちから、多大なご協力をいただいていることを記し、感謝申し上げる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度は九州を中心に幾つかの教会、資料館、記念館を調査することができた。特に佐世保市の黒島天主堂の聖堂と資料館、下五島の三井楽教会の聖堂とカトリック資料館、久賀島にある久賀島潜伏キリシタン資料館と浜脇教会の聖堂を集中的に調査し、上五島の土井ノ浦カリスト記念館、天草の大江天主堂と崎津天主堂、長崎市伊王島のカトリック大明寺教会なども調べた。土山湾作品の存在を確認でき、日本の布教活動に与えた文化的影響に関して多くの啓示を得た。たとえば、黒島天主堂祭壇周囲の床の有田焼タイルの模様(マルマン神父の設計)は、土山湾工房所在地の上海徐家匯にあるカテドラルの身廊の床タイルの模様と相似し、相互関係を考えさせられている。また、ド・ロ神父以外のパリ外国宣教会の神父たちが、幕末以降、頻繁に上海に滞在し、経由していたことを考えれば、これら聖職者が土山湾作品の日本輸入に果たした役割を深く研究する必要を感じた。 一方、明治期から昭和期までの日本人文学者(与謝野寛、北原白秋、吉井勇、平野萬里、木下杢太郎、阿部知二など)や郷土史研究者の文章に現れた、大江天主堂や主任司祭のガルニエ神父に関する描写を通して、上記の「ド・ロ版画」がいつから、いかに宣教に利用されていたのかを垣間見ることができたことも、調査結果の一つである。つまり、当時の文字資料あるいは古写真を見つけて、土山湾工房作品の流布と受容を理解することが極めて重要なことである。 さらに、1930年代に日本に輸入された土山湾制作の黄楊彫刻の人形に関する研究も深まりつつある。中国の他の地域で制作された風俗人形と比較して、木彫りの技術と芸術性において、土山湾作品が断然に優れていることが分かり、土山湾工房の芸術的レベルを理解する手掛かりを得た。 近年の土山湾工房に関する海外研究者の成果にも班員たちは注目し、文献収集だけではなく、研究交流を行う準備をしている。
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今後の研究の推進方策 |
今後の三年間は、引き続き日本国内において、土山湾制作の聖画、聖具、聖像、出版物の調査に力を入れたいと思う。それから江南宣教に関する書籍の中国語訳本を出版し、土山湾工房作品を収蔵している台湾のカトリック輔仁大学と、それを研究する台湾の研究者と交流を展開していくことが必要である。また、上海市の土山湾博物館を見学し、中国の研究者数人(本研究班メンバー)と交流を深めていかなければならない。 令和5年度は、パリ外国宣教会の宣教師たちの幕末から大正期までの上海ー横浜、上海ー長崎間の渡航荷物申告記録を調べて、日本に輸入された土山湾作品を詳しく解明することが大切である。さらに、パリ外国宣教会文書館に収蔵された当時の宣教師たちの書簡を調べて、土山湾工房との協力関係を理解しなければならない。 本研究の一部である、土山湾刊書籍が日本に与えた宗教的、言語的、科学的影響に関する研究にこれから鋭意、取り組まなければならない。本研究班のWEBページは昨年度、すでに用意しておいたが、調査成果を入れることはまだできていない。調査内容の再検討に時間を要したからである。令和5年度以降、研究班のWEBページを少しずつ充実にしていきたいと考える。 本プロジェクトの五年目に展覧会を開催することを当初、予定していた。しかし、貴重な文化遺産を運搬する費用と保険料、展示会の準備費用などは少なくとも1000万円かかり、本研究班の予算を大幅に超過することがわかった。したがって、展覧会用の予算を利用して、日本国内で撮影した土山湾作品の画像を用いて、学術論文を掲載し、『日本における上海土山湾工房の文化的影響』(仮題)という書籍を刊行したい。数ヶ月の展覧会よりは、広範囲で読まれ、長期間存続する出版物(日、中、英の三言語)のほうがより深い学術的意義があり、社会への還元度が高いと思う。
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