研究課題
中性子過剰Fm同位体では、自発核分裂片の質量分布が非対称分布から対称分布へと突然変化する極めて特異な物理現象が観測される。本研究では、合成が極めて困難な中性子過剰Fm領域核を、半減期276日のEs-254標的に重イオンビームを照射することで合成し、対称・非対称分裂それぞれにおける質量分布と全運動エネルギー(TKE)分布の相関、並びにそれらの励起エネルギー依存性を測定することで、対称・非対称核分裂それぞれにおける分裂核の変形状態や障壁ポテンシャル構造を明らかにし、この領域の特異な核分裂現象の発生メカニズムを解明することを目的とする。令和3年度に標的原料となる極微量のEs-254を入手して標的を作製し、これを用いて令和4年度にかけて対称・非対称核分裂の競合が観測されると期待されるMd-259の自発核分裂の測定を実施した。Es-254標的とO-18ビームとの多核子移行反応により中性子過剰Fm領域核を合成したのち、オンライン同位体分離装置ISOLを用いてMd-259のみを同位体分離し、自発核分裂片の運動エネルギーを測定した。データ解析の結果、Md-259の自発核分裂片の質量分布とTKE分布の相関を精度良く導出することに成功し、これまでTKEの低い対称核分裂と考えられてきた成分が異なる性質を持つ核分裂であることを示唆する非常に興味深い結果を得た。更に、Md-259実験終了後に標的を溶解・再精製して作り直し、He-4ビームとEs-258標的による捕獲反応で合成されるMd-258の励起状態からの即発核分裂測定を実施し、核分裂片の質量分布とTKE分布の相関の励起エネルギー依存性データの取得に成功した。解析の結果、Md-258の即発核分裂では、対称核分裂に対する非対称核分裂の混合割合が励起エネルギーが上がるにつれて増えていくという通常とは異なる興味深い結果を得た。
1: 当初の計画以上に進展している
令和3年度にEs-254を入手して極微量Es-254標的の作製に成功し、それを用いて令和4年度にかけて対称・非対称核分裂の競合が観測されると期待される中性子過剰Fm領域核Md-259の自発核分裂の測定に成功した。データ解析の結果、Md-259の自発核分裂片の質量分布とTKE分布の相関を精度良く導出することに成功し、これまでTKEの低い対称核分裂と考えられてきた成分が異なる性質を持つ核分裂であることを示唆する非常に興味深い結果を得た。上記の研究に関しては当初の計画通りに研究が進行し、期待以上の成果が得られた。更に、Md-259の自発核分裂測定終了後、速やかにEs-254標的を溶解・再精製して再作製し、令和5年度から6年度にかけて実施予定であった中性子過剰Fm同位体の対称・非対称核分裂の励起エネルギー依存性測定を前倒しで実施した。核子移行反応を用いて励起エネルギーの低い状態から高い状態までの広いエネルギー範囲で即発核分裂を測定することは実験条件の関係でできなかったが、捕獲反応を用いて励起エネルギー15~18 MeV程度の範囲で対称・非対称核分裂の混合割合の励起エネルギー依存性の測定に成功した。この研究に関しては、予定を前倒しして実施したため進捗が早く、励起エネルギー依存性に関しても非常に興味深い結果が得られたため、期待以上の成果が得られたと評価した。その他に、核分裂片のエネルギー解析に重要なSi検出器の波高欠損を精度良く導出するための新たな経験式の導出にも成功し、期待以上の成果が得られた。よって今年度の研究の進捗状況としては、期待以上の成果が得られており、当初の計画以上に進展していると評価した。
令和5年度は、中性子過剰Fm領域核の自発核分裂における対称・非対称核分裂の競合とTKEの低い対称核分裂に関して新たに観測された興味深い性質を解明するため、Md-259とは異なる原子核で同様に対称・非対称核分裂の競合が観測されるLr-259の自発核分裂の測定を実施する。Lr-259の自発核分裂は過去に我々の実験グループで測定したが、統計量が少なく、質量分布とTKE分布の相関を精度良く解析することができなかった。今回、本研究で新たに整備した検出器なども使用して再測定することで、Md-259とLr-259の2つの異なる対称・非対称核分裂核種の実験データを比較しつつ核分裂メカニズムの議論が可能になる。今後、これらの実験結果を基に理論計算との比較も行い、成果を論文に取りまとめ、また国際会議等で発表する予定である。Md-258の即発核分裂の励起エネルギー依存性に関しては既に論文を投稿済みであり、査読結果を受けて修正したのち、改めて再投稿する予定である。
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