研究課題/領域番号 |
21H01878
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配分区分 | 補助金 |
研究機関 | 富山大学 |
研究代表者 |
石山 達也 富山大学, 学術研究部工学系, 准教授 (10421364)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2026-03-31
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キーワード | 分子動力学シミュレーション / 時間分解分光法 / 水界面 / 水素結合 |
研究実績の概要 |
本研究は,水が物質と接触する際の界面における水素結合構造,あるいはそのダイナミクスを分子動力学シミュレーションにより解明することにより,これまで実験だけでは明らかではなかった水の役割を理論的に解明するために成されるものである。本年度は主に,水の表面およびバルクでの水素結合した励起OH振動の緩和ダイナミクスに関する成果が得られた。近年,超高速時間分解ヘテロダイン検出振動和周波分光実験により,水表面での自由OHに対する振動緩和ダイナミクスの詳細な振る舞いが報告された(Armed et al.,Nat.Commn.(2020))。実験では,純水および重水素置換された水が用いられ,pump-probe実験により自由OH振動のpopulation緩和時間(T1時間)がそれぞれの水で測定された。驚くべきことに,純水表面,重水素希釈された水表面のT1時間はほぼ同じ値を示すことが明らかになった。バルクの水素結合OH振動に対しては,純水と重水素希釈された水では,緩和時定数が数倍異なることが既に報告されており,それが分子間カップリングの有無に起因することも議論されているが,自由OHではなぜその違いが観測されないかなど,まだほとんどのことが分かっていなかった。さらに界面で自由OHをもっている水の共役なOHはほとんどの場合水素結合しているが,その振動緩和ダイナミクスはバルクOHの緩和ダイナミクスと同じと考えて良いのかも明らかではなかった。今回,重水素希釈された自由OHにこれまで考慮されて事なかった緩和経路が存在する事,および界面とバルクの水素結合OHの緩和速度が異なることが明らかになった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
本研究計画5年のうち,1年目は水界面の励起自由OHのエネルギー緩和についてのみ研究を進めることができると考えていたが,バルク水の振動緩和,および界面における水素結合OHのエネルギー緩和の問題に対して研究が進み,これらの成果としてJ. Chem. Phys.誌に合計3本の論文を出版することができた。さらに,複雑界面研究への展開への指針となる,高分子/水相互作用に関する論文も出版され,1年目の計画としては予想以上に研究が進展したと言える。
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今後の研究の推進方策 |
本研究はこれまでバルク水,あるいは空気/水界面のOH振動の緩和ダイナミクスを,第一原理分子動力学シミュレーションにより振動の自由度を一部拘束することで緩和経路を限定する方法により決定し成果をあげてきた。今年度は,水の変角振動モードを励起し,その振動緩和ダイナミクスを第一原理分子動力学シミュレーションにより明らかにすることを目的とする。水の変角振動緩和を議論する実験として,これまで赤外pump-probe分光法などが用いられてきた。これまでの研究では,変角振動の緩和経路としては,(1)分子内の回転(libration)運動との非調和カップリングにより緩和するケース,(2)HOH変角振動の倍音とOH振動がカップリングして(Fermi共鳴して)緩和するケース,(3)分子間の変角振動がカップルして緩和するケース,がこれまで主に議論されてきた。Carpenterら[J. Chem. Phys.147,084503(2017)]は,上記の中でも主に(2)や(3)の効果の重要性を主張したのに対し,Yuら[Nat. Commn. 25,5977(2020)]は,(1)の効果が支配的であることを主張した。これまでの研究では,定性的にそれらの緩和経路の重要性がそれぞれ個別に議論されてきたが,励起された変角振動エネルギーがどの程度の割合で(1)~(3)の経路を通って緩和していくのかは議論されてこなかった。本研究では,これら(1)~(3)の緩和エネルギーの割合を第一原理分子動力学シミュレーションにより定量的に評価し,その緩和メカニズムの解明を目指す。
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