研究課題/領域番号 |
21H01878
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配分区分 | 補助金 |
研究機関 | 富山大学 |
研究代表者 |
石山 達也 富山大学, 学術研究部工学系, 准教授 (10421364)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2026-03-31
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キーワード | 分子動力学シミュレーション / 時間分解分光法 / 水 / 変角振動 / 緩和ダイナミクス / 高分子 / 絡み合い点 |
研究実績の概要 |
本年度は,主に2つの大きな成果があった。1つは水のbending modeに対するエネルギー緩和経路が第一原理分子動力学計算(AIMD)により明らかになった事,もう1つはポリエチレンの絡み合い(kink密度)がバルク領域と比べて表面で特異的に増大し,それにより界面でのダイナミクスが大きく影響を受けることが明らかになった。以下,これらについて簡潔に述べる。
水分子の振動エネルギーが励起される際,バルク液体中でどのように緩和されるのかという問題は,溶液中での化学反応を考える上で大変重要となる。OH伸縮振動の励起エネルギーの緩和経路は比較的多くの研究報告があるが,HOH変角振動に関する報告は比較的少なく,しかも実験,理論的にコンセンサスが得られていない。本研究では,パラメータフィッティングを必要としないAIMD計算によりHOH変角振動モードを励起し,その緩和経路を解明した。これまでは,(i)変角→変角の分子間緩和,(ii)変角→回転の分子内緩和の2つの経路が主な経路と考えられてきたが,本研究により(ii)の緩和経路が支配的であることが分かった。この結果は,今後の溶媒中での化学反応過程におけるエネルギー緩和を考える上で大変重要な知見といえる。
次に,ポリエチレン表面構造の研究成果について述べる。側鎖を持たない比較的構造が単純な直鎖ポリエチレンの溶融状態において,ポリエチレン/空気界面を形成させ,高分子の絡み合い点とみなされているkink密度を調べてみたところ,界面でkink密度が特異的に増大する事が分かった。絡み合い点が増大するという事は,高分子ダイナミクスに影響を与えることを意味している。界面深さ方向の関数として分子拡散の大きさを計算したところ,高分子ダイナミクスが表面で特異的に遅くなることが分かった。特にreputation運動の時間スケールにおいて運動が遅延することが分かった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
今年度,水のエネルギー緩和の問題に加えて,高分子表面といった複雑界面における分子ダイナミクスの新しい知見が得られたことで,当初の研究計画を順調に遂行したと言える。水のHOH変角振動の緩和経路の問題は,過去の研究でも結論が二分しており,特にAIMD計算によりこの問題に取り組んだ例が過去になかったため,試行錯誤の中で研究を進めた。今回の科研費により得た計算資源のおかげで,チャレンジングな問題に対して有意義な研究成果を得たことが大きな進歩であった。さらに,本研究のメインテーマの一つである「複雑界面」の1つである高分子界面において,特有の構造である「絡み合い」に関する知見を得たのは大きい。高分子表面で絡み合い点が増大するという知見は,他の一般的な高分子にもみられるはずのものであり,基礎的な知見を得たと考えられる。
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今後の研究の推進方策 |
今後の研究の方針として,水に関わる基礎研究の2つの方向性を考えている。1つは水溶液表面の特異構造に関する問題,もう一つは高分子系の問題である。
水溶液表面構造の問題として,アルコール水溶液表面の分子構造の問題がある。特にアルコール濃度が低い場合に,アルコール分子の表面配向構造が乱れるという報告が,近年の和周波分光実験と光電子分光実験より報告されている。このような分子構造が本当に起こりうるかどうかは他の手法で確かめられておらず,本研究による分子シミュレーションに基づく研究によりその詳細を解明していく。
さらに,高分子系の問題として現在含水セルロース系の水素結合構造と力学強度との関係について注目した研究を進めている。セルロースはピラノース環に水酸基を複数有する構造を有し,水との親和性が比較的大きい。含水セルロースにおいては,特に水がセルロースと相互作用することで,その力学強度に大きな影響を与えることが分かっている。本研究では,分子シミュレーションによりこの系を計算機の中で実現させ,その力学強度に関する知見を水素結合構造の観点から明らかにする。
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