研究課題/領域番号 |
21H01883
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配分区分 | 補助金 |
研究機関 | 名古屋工業大学 |
研究代表者 |
片山 耕大 名古屋工業大学, 工学(系)研究科(研究院), 准教授 (00799182)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2025-03-31
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キーワード | GPCR / ムスカリン性アセチルコリン受容体 / 赤外分光法 / 分子振動 / シグナル伝達 |
研究実績の概要 |
今年度は、ムスカリン性アセチルコリン受容体 (M2R) に対し、リガンド結合部位を構成するアミノ酸 (Asn404) を標的とした変異体の赤外分光測定を行うことで、リガンド結合時のAsn404の一官能基変化に対応する赤外吸収ピークを帰属することに成功した。さらに、変異体のスペクトル形状が、部分作動薬が結合した際のスペクトル形状に類似することが分かった。また、野生型とのスペクトル比較および分子動力学シミュレーション解析から、変異体ではアセチルコリン (ACh) が安定に受容体内部に結合できないことに加え、受容体内部に結合した水分子由来と考えられる赤外吸収ピークが減少することも分かった。最近報告されたM2RのACh結合型クライオ電顕構造によると、AChが水分子を介してAsn404と水素結合を形成している。以上の結果を踏まえると、変異体では [Gln404-水分子-ACh] 水素結合系が正しく形成されないことで受容体が十分に活性化できず、部分作動性を生み出すと考えられ、Asn404がM2R活性化のホットスポット残基であることを強く示すことができた。これらの研究成果は現在論文にまとめており、今年中の論文発表を目指す。 一方で、昨年度から継続して行う、光応答性GPCR、ロドプシンと抗体との結合誘起赤外分光研究について、抗体の選択的なロドプシンへの結合によって、ロドプシン中間体の動的な構造変化情報を獲得することに成功し、これらの成果をNature Communications誌に共責任著者として発表した。また、これにより、 “タンパク質―タンパク質”相互作用解析が可能になったことで、現在、光応答性GPCRの一つである、非視覚型オプシンとGタンパク質、M2RとGタンパク質との相互作用に伴う分光解析を進めており、予備実験によって、構造変化由来の赤外吸収ピークの抽出にも成功している。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
本研究では、M2Rを研究対象として、赤外分光法を中心とした構造解析を行い、物理化学的な観点からGPCRのアロステリックリガンド結合機構、作用機序、そしてアロステリックリガンドによって制御されるGタンパク質やアレスチンを介したGPCRのシグナル伝達機構を明らかにすることを目指している。2023年度は、M2Rの変異体に対する測定、さらに天然リガンドアセチルコリンの誘導体を数種類作成し測定することで、リガンド結合および活性化に重要なAsn404およびタンパク質結合水の赤外信号を帰属することに成功した。さらに、MDシミュレーション解析と組み合わせることで、アセチルコリンの結合がどのようなメカニズムでM2Rの活性化を引き起こすのか、その分子機構の一端を明らかにすることができた。今回明らかにした活性化メカニズムは、アロステリックな活性化機構の理解を深めるだけでなく、タンパク質に特異的に結合した水分子が積極的にGPCRの活性化機構に関与していることを実験的に強く示しており、今後、薬剤設計に水分子の寄与までを考慮することを提示する研究成果である。
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今後の研究の推進方策 |
従来より、ムスカリン性アセチルコリン受容体を標的にした薬剤設計は、M1R-M5Rの5つのサブタイプ間でのアミノ酸相同性が高いことから、副作用の問題を克服することが困難とされてきた。しかしながら、本研究によって、リガンドと受容体、そして水分子によって形成される緻密な水素結合ネットワークが活性化に寄与していることが分かり、必ずしもアミノ酸の一次配列の相同性から活性化メカニズムが類似しないことを示唆した。従って、今後、M2Rに留まらず、全てのサブタイプに対する赤外分光測定を通して、詳細なリガンド結合に伴う活性化機構を明らかにすることで、副作用を軽減することを可能にするサブタイプ選択的な薬剤設計が可能になると考えている。また、その一方で、本研究によりアロステリックリガンドのうちNAMに対する作用機序が明らかになりつつあることから、PAMについても同様のスペクトル解析を通じて、結合機構や活性制御機構の解明を目指す。
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