この年度は、二重共鳴の設備が十分に稼働できず、応答が観測できなかったため、スピンホール効果を経由したスピン流の直接観測を目指す実験に取り組んだ。その実験では、常磁性(非磁性)金属から電流を流し、磁性金属にスピン流が流れた証拠を強磁性共鳴(FMR)から観測することを目指した。その電流を観測できる素子系をデザインし、実際に電流印加に伴われるスピン流があれば、観測できる系を構築できた。実際には、電流を流すことで磁性金属の温度が上昇し、それがFMR信号の変化を引き起こす。そのためその効果を取り除くために高周波での電流注入実験の系を構築し、10kHz以上では温度上昇の効果が完全に無視できることがわかった。その条件のもと、非磁性層に電流が流れると、積層した磁性層のFMR信号が変化することを確認した。その信号は、主としてわずかなピークシフトであることがわかった。その原因について考察した結果、元々FMRのピーク位置は磁性層の飽和磁化に依存する。そのため、この結果は、磁化の変化に由来すると結論した。元来スピン流が到達した効果として、スピン流が運ぶ磁気モーメントが移動するはずである。このことから、このFMR信号はまさにスピン流の到達を意味することがわかった。重要な点は、ピークシフト値は磁化の変化量を定量的に与える。つまりこのピークシフトからスピン流の到達量が計算できる。これまでスピン流の到達量を定量的に評価する方法は報告されていない。そのため新しい成果である。
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