肝細胞増殖因子HGFとその受容体Metを介したシグナル伝達は,器官形成や組織の再生において重要な役割を担うが,この経路が異常に活性化されるとがんの進展をもたらしてしまう.細胞内へとシグナルを伝えるためには,HGFがMetに結合する前に,HGF自身がプロテアーゼ切断により不活性型から活性化型へと変換される必要があるが,そのメカニズムの詳細は明らかになっていない.本研究では,構造生物学的アプローチにより,HGFによるMetの活性化機構およびその制御機構の解明を目指す. これまでに,小型抗体Fv-claspを結晶化シャペロンとして利用することで,活性化型HGFでは2.4Å分解能,不活性型HGFでは3.69Å分解能のX線回折データの取得に成功している.結晶構造から,プロテアーゼ切断に伴いHGFのループ構造(受容体とのインターフェースの構造)が大きく変化することが明らかになったが,一方で,切断部位を含む長いリンカーで繋がれた2つのドメインの相対配置は,リンカーが切断されても変化していなかった.これら 2つのドメインは主に静電的相互作用によって維持されていることが結晶構造から示唆されたため,ドメイン間の相互作用を破壊するような変異体をデザインし,ドメイン間相互作用の変化およびMetの活性化能を調べた.その結果,変異体では実際にドメイン間の相互作用が失われ,それに伴いMetの活性化能も著しく低下することが分かった.すなわち,HGFのプロテアーゼ切断は,受容体とのインテーフェースの構造形成のみに影響を与え,ドメイン間の相対配置には影響を与えないことが明らかになった.
|