研究実績の概要 |
本研究課題は雌マウスを題材として出産や授乳を可能とする妊娠期の神経系における可塑的な変化の実態と機能解析を目指すものである。初年度となる2021年度には、出産や授乳に重要な役割を果たす視床下部室傍核のオキシトシン (OT) ニューロンに着目し、周産期や授乳期における神経活動を自由行動下の母マウスにおいて長期的にモニターするファイバーフォトメトリーの系を構築した。これを用いて、遺伝学的に規定されたオキシトシンニューロンのパルス状活動を世界で初めて捉えた。また、授乳期の最初期と後期とではOTニューロンの呈する各パルスの大きさが変化することを見出し、この変化が仔の吸てつ力の変化によるものではなく母マウスのOT系に自律的なものであることを示した。さらにトランスシナプス標識法を用いてOTニューロンへの接続パターンを処女マウスと母マウスとで比較した。その結果、従来認識されていなかったOTニューロンへの接続神経を多く同定したものの母マウスにおいて劇的に変化するような神経回路は見出されなかった。最後に、トランスシナプス標識法によってOTニューロンへの主要な入力源として同定された分界条床核の抑制性ニューロンに薬理遺伝学的な介入を行い、この抑制性ニューロンを活性化すると射乳反射応答が停止することを見出した。これら内容はプレプリントを公開し (Yukinaga H et al., bioRxiv 453888, 2021; doi: https://doi.org/10.1101/2021.07.26.453888) 現在論文投稿中である。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究では妊娠中の雌マウスにおいてOTニューロンに対する入力神経細胞を体系的に調査し、非妊娠雌マウスと比較して変化する回路要素を多数同定している。それらニューロンの組織化学的な調査は完了している。また電気生理学的手法により接続強度を調査する手技も確立・習得を完了している (Inada K et al., Neuron online publication, 2022; doi: https://doi.org/10.1016/j.neuron.2022.03.033.)。従って概ね計画通りに進行している。 授乳期の雌マウスを特徴づける射乳反射については、基礎的なOTニューロンの活動動態と回路操作性を示したプレプリントを公開済みである (Yukinaga H et al., bioRxiv 453888, 2021; doi: https://doi.org/10.1101/2021.07.26.453888)。現在、この続報としてOTニューロンのパルス状発火を検出する遺伝学的な手法を改善して野生型個体の解析が可能となったり、OTによる正のフィードバック機構の検証のため、OT受容体(OTR)の条件付きノックアウトマウス (cKO) 個体を入手して基礎的な検証を完了した (Inada K et al. bioRxiv 470473, 2021; doi: https://doi.org/10.1101/2021.11.29.470473)。実際、OTニューロン特異的なOTRのcKOを調査すると産仔は健康に発育しており授乳の異常は認められていない。このことから、OTニューロンに発現するOTRがOTニューロンのパルス形成に関与するという定説は否定されると考えられる。 このように概ね計画に従って順調に成果をあげている。
|