研究実績の概要 |
本研究課題は雌マウスを題材として出産や授乳を可能とする妊娠期の神経系における可塑的な変化の実態と機能解析を目指すものである。二年目となる2022年度 には、初年度までに同定した神経回路の変化を電気生理学と光遺伝学を組み合わせた手法により検証し、回路変化が実際に生じていることをより強固なものとした。出産や授乳に重要な役割を果たす視床下部室傍核のオキシトシン (OT) ニューロンに着目し、周産期や授乳期における神経活動を自由行動下の母マウスに おいて長期的にモニターするファイバーフォトメトリーの系を発表した(Yukinaga H et al. Curr Biol. 32, 3821, 2022)。また出産・授乳・育児におけるオキシトシンの役割を再検討する遺伝学的研究を実施し、室傍核のオキシトシン神経細胞はこれらに必須ではなく、視索上核のオキシトシン神経細胞が授乳に必須の役割を持つことを明らかにした Hagihara M et al. PLoS One. e0283152, 2023)。さらに、オキシトシン神経細胞の上流の神経活動や遺伝子機能を実現するため、Cre組み換え酵素を使わないシンプルな手法でオキシトシン神経細胞のパルス状活動を効率よく捉える手法を開発し、プレプリントに公開した (Yaguchi K. et al. BioRxiv, 512455, 2022). このように、妊娠期の雌マウスに起きる神経系の可塑的な変化を研究する基盤が整備されており、順調に進捗している。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
本研究では妊娠中の雌マウスにおいてオキシトシン神経細胞に対する入力神経細胞を体系的に調査し、非妊娠雌マウスと比較して変化する回路要素を多数同定している。予備データにおいて変化の実体や電気生理学的な特徴の研究が進捗しており、研究期間内に全貌を解明できる情勢となっている。さらに、母性機能を支えるための分子基盤を研究するツールとして、オキシトシン受容体の領域・時期特異的なconditionalノックアウトマウスの系を世界に先駆けて構築している (Inada K et al. eLife 75718, 2022)。加えて、当初の計画の範疇を越えて、母性養育行動の神経基盤やその効果的な学習に必要な神経回路を同定することができた。例えば、処女雌マウスを授乳中の母マウスと同居させた場合、眼窩前頭皮質(OFC)が母親行動の効率的な学習を促進することを見いだし、その神経回路網を明らかにした。自由行動中のマウスから内視顕微鏡を用いて神経活動を記録することで、OFCに仔マウス回収行動に関連して活動する神経細胞が多数存在し、この活動が生得的に形成され学習による影響をほとんど受けない強固な表現であることを見出した。さらにOFCを光遺伝学的に抑制することで母性養育行動の促進系として働く中脳腹側被蓋野のドーパミン神経細胞の活動が低下することを突き止めた (Tasaka G et al. bioRxiv 527077, 2023)。このように本研究テーマは総合的な研究へと順調に発展している。
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