研究課題
脂肪細胞はエネルギーの貯蔵や代謝に働くほか、各種のアディポカインの分泌を介してさまざまな生体機能を制御する。私たちは脂肪組織がアディポカインの分泌を介してがん幹細胞性を亢進することを見出した。本研究では、結合組織の一員として全身に分布する脂肪細胞が、「幹細胞性」の制御を通じて正常組織形成、がん発生、およびがん転移の三局面で働く仕組みを解明する。本年度は、アディプシン・ノックアウトマウスを解析して、乳腺組織発生に脂肪細胞およびその分泌因子アディプシンが関与することを見出した。さらに、アディプシンをはじめとしたアディポカインが、乳がんや卵巣がんなどのがん幹細胞性を促進する多面的な分子機構を明らかにした。1.正常乳腺発生におけるアディプシンの役割:発生および妊娠時の乳腺構造をホールマウント染色により解析した。アディプシン・ノックアウトでも乳管自体は形成されるが、その分岐や伸長などに異常が起こる可能性が示唆された。そこでその機構をさらに解明するため、乳腺上皮のフローサイトメトリー解析による乳腺上皮細胞分画の検討などを進めている。2.アディプシンによる多面的ながん幹細胞性制御機構:アディプシンがオートクライン制御因子として乳腺脂肪細胞からの肝細胞増殖因子(HGF)の分泌を促進することを見出した。HGFは、乳がん異種移植腫瘍(PDX)細胞のスフェア形成能を増加し、がん幹細胞遺伝子の発現を亢進し、アディプシン・ノックアウト脂肪細胞と共移植した乳がんPDX細胞の腫瘍形成能を回復させた。3.卵巣がんをモデルとした転移促進機構解析:卵巣がんは脂肪組織に富む大網などの腹膜組織に転移指向性がある。がん患者手術検体より腹膜脂肪細胞を分離し、その分泌因子を同定した。さらに、その分泌因子の発現抑制や酵素活性変異体の導入によりがん幹細胞と脂肪細胞の相互作用が促進される分子機構を解明した。
2: おおむね順調に進展している
アディプシンのノックアウトマウスを活用して、脂肪細胞ががん細胞のがん幹細胞性を制御する多面的な分子機構を明らかにした。さらに、当初の予想通り正常組織幹細胞制御にも脂肪組織が関与する可能性を、乳腺組織発生をモデルに示すことができた。また、乳腺外科などの協力を得て継続して患者組織より脂肪組織由来幹細胞および腫瘍異種移植マウスを樹立している。これらの点から、脂肪組織による正常組織発生およびがん形成における幹細胞機能制御の意義の解明を目指す本研究はおおむね順調に進展していると考えている。
乳腺脂肪の分泌因子アディプシンが乳腺組織発生に関与することを踏まえ、アディプシン・ノックアウトマウスの解析をさらに進める。またアディプシン以外のアディポカインががん幹細胞性を制御する機構を解析する。(1)アディプシン・ノックアウトマウスの乳腺組織の解析:これまでの検討により、脂肪組織およびその分泌因子アディプシンは正常乳腺の組織発生および乳腺幹細胞の働きに関与する可能性が明らかになった。本年度は、ホールマウント染色や組織標本による解析、フローサイトメトリーによる解析をさらに進めるとともに、乳腺幹細胞の分化誘導実験を通じて現在得られている知見をさらに確実にする。(2)オートクライン制御機構による脂肪細胞制御:これまでの検討で、アディプシンは脂肪細胞のオートクライン制御因子であることが明らかになった。本年度は、脂肪細胞の最終分化や、最終分化した脂肪細胞の分泌因子発現プロファイルにアディプシンが及ぼす影響を明らかにする。さらに、アディプシンやその酵素活性が、脂肪細胞の最終分化やそのがん幹細胞促進能に及ぼす影響を解析する。これらの検討を通じて、正常組織およびがん組織におけるアディプシンによる脂肪細胞のオートクライン制御の意義の解明につなげる。
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すべて 国際共同研究 (2件) 雑誌論文 (2件) (うち国際共著 1件、 査読あり 2件、 オープンアクセス 1件) 学会発表 (7件) (うち国際学会 1件、 招待講演 1件) 備考 (1件) 産業財産権 (1件)
Journal of Gastroenterology
巻: 印刷中 ページ: -
10.1007/s00535-022-01865-9
Cancers
巻: 13 ページ: 4238~4238
10.3390/cancers13164238
http://www.fujita-hu.ac.jp/~biochem1/index.html