研究課題/領域番号 |
21H02818
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配分区分 | 補助金 |
研究機関 | 国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構 |
研究代表者 |
田桑 弘之 国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構, 量子生命科学研究所, 主幹研究員 (40508347)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2025-03-31
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キーワード | ミクログリア / アストロサイト / 認知症 / タウ / モデルマウス / 神経細胞 / 貪食 / 脳内クリアランス |
研究実績の概要 |
アルツハイマー型認知症などの神経変性疾患は、βアミロイドや異常なタウなどの病原性蛋白質が神経細胞内外に蓄積して、それが引き金となりグリア細胞の活性化とそれに続く神経細胞死(著しい脳萎縮)へと進行していく。これまでに病原性蛋白質によるグリア細胞の活性化や神経細胞毒性について多くの研究で調べられているが、神経細胞死から脳萎縮に至る過程については不明な点が多く残されている。特に、脳萎縮が生じるには脳実質内の病原性蛋白質を有する神経細胞が何らかの方法で脳外へと排出される必要があるが、その機序は未だ十分には明らかにされていない。本研究では、異常なタウ凝集体が脳内に蓄積する遺伝子改変マウスを用いて、異常タウや病的な神経細胞が死んで脳外に排出されるメカニズムを明らかにすることを目的として研究を進めている。 本研究で特に注目したのは、脳内で貪食能を持つミクログリアやアストロサイトである。2光子顕微鏡による生体脳イメージングを用いてグリア細胞やタウ凝集体を長期間追跡的に観察することで、病原性蛋白質を有する神経細胞が脳外に排出されるメカニズムについて調べた。それによりミクログリアがタウ凝集体を有する神経細胞を貪食した後に、棒状の足突起を脳表方向に伸長させて、その足突起を輸送経路にしながら脳実質外(脳脊髄液)へと排出することを明らかにした。さらに脳脊髄液内では、マクロファージがタウ凝集体および神経細胞断片を再貪食して血中内に放出することがわかってきた。さらに、アストロサイトがタウ病変の進行とともに周囲の老廃物の取り込み能力が低下することを示す研究成果が得られてきた。次年度は、このアストロサイトの老廃物取り込みと脳外排出についてさらに研究を進める。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究では、ミクログリアとアストロサイトによる病原性タンパクや病的な神経細胞を貪食した後に脳外へと排出する過程を観察し、認知症における脳萎縮メカニズムを明らかにしたいと考えている。脳萎縮は、重篤な脳疾患で多く見られる症状であり、その発症メカニズムを解明することで脳萎縮の制御による治療が可能になると考える。本年度は、ミクログリアとマクロファージの連携による脳外排出経路を2光子顕微鏡による生体イメージングにより詳細に明らかにした。観察レベルであった脳外へ放出する神経断片の数や血中内へのタウおよび神経成分の量を計測し定量化した。さらに薬剤投与によるミクログリア除去を実施した結果、タウ病変における神経細胞やタウの脳外排出が抑制される(すなわち脳外排出過程が阻害される)ことも明らかとなった。アストロサイトについては、老廃物の取り込み機能について調査した。先行研究においてアストロサイトがβアミロイド等の病原性蛋白質もふくめて老廃物を取り込むことが示されている。本研究では、タウ病変モデルマウスにおいてアストロサイトの老廃物の取り込み機能が大幅に減弱していることを、2光子顕微鏡による生体脳イメージングにより明らかにした。このことは、認知症病態の進行とともにアストロサイトの老廃物取り込みと脳外排出の機能低下が生じることで病原性蛋白質の蓄積を加速し、さらに病態を進行させる負のループが生じている可能性を示唆する。次年度は、さらにアストロサイトのタウ病変における取り込み能低下を検証しつつ、脳外への排出経路を同定することを試みる。
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今後の研究の推進方策 |
今後の研究方針については、進捗報告でも一部記載したとおり、アストロサイトの老廃物の取り込みと脳外への排出経路を明らかにする。2光子顕微鏡による生体脳イメージング技術を用いれば、病原性タンパクおよびアストロサイトと脳血管および血管周囲腔を蛍光標識して長期観察が可能である。アミロイドβや異常タウを脳内に注入した後のアストロサイトへの取り込み率を計測し、さらに脳外への輸送経路について同定する。ここではアストロサイトから血管周囲腔に排出された老廃物がマクロファージへと受け渡される可能性に注目して研究を進める。 また、本年度の成果としてタウ病変の進行とともにアストロサイトの老廃物の取り込み機能の低下が明らかとなった。次年度はさらに、薬理的な介入によりアストロサイトの老廃物取り込みへの影響を評価することでタウ病変によるアストロサイトへの影響のメカニズムについて明らかにすることを試みる。 ミクログリアについては、活性化状態を評価するための新たな計測システムの構築に取り組む。既存の蛍光剤を用いた生体脳イメージングでは、ミクログリアの形態的変化以外は評価できなかった。次年度にはナノ量子センサという全く新しいマルチパラメーター計測が可能なプローブの応用を試みる。このナノ量子センサは、現在in vitroのレベルで細胞内の温度やpHなどの計測が可能であり、本研究でさらに生体計測が可能になればミクログリアの活性化状態の指標になる可能性がある。これらのミクログリア活性の評価系は、タウ病変に伴うミクログリア機能の変化のトリガー分子の探索への応用が期待できる。
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